真向かいのゴードン君       

青木一郎

 

神様はいじわるである。九条南は実体験からそう思う。

「はい、南ちゃん、おかゆを食べましょうね」

年配の看護師はそう言うと、九条の口元へスプーンを持っていった。彼女はベッドにもぐりこみ、それを拒む。

「食べないと元気が出ませんよ」

「いらない。どうせ食べたってよくならない」

 九条は腹の中で、無能な医師と無力な薬に毒づいた。自分の病気を治すことさえできないならば、なんのために医療はあるのだろう。九条の病名は、筋ジストロフィー。全身の筋肉が徐々にやせ細り、しまいには死に至る遺伝性筋疾患である。

治療法は現在確立されてない。

「ほら、一口だけでもいいから食べようね」

「どっかいけ」

 九条は布団の隙間からおかっぱ頭を突き出し、看護師の温和な表情をにらんだ。

「いいよね、お前は。どこへでも自分の足で行けて、なんでも好きなことできるんだから。あたしとは大違い」

「どっか行きたいなら、お医者さんに相談してみようか。南ちゃんは手が動くから、車いすでどこへでも行けるよ。きっと楽しいから、ね」

「あんなハゲ知らない。あたしにこびたいなら、病気を治してよ。いい人ぶんな」

 年を取った看護師は、困ったようにうなだれ、顔のしわを増した。これでしばらく静かになるだろう、とせいせいした九条は布団にもぐりこんでいく。

 その時、向かいの病床から騒がしい声が聞こえてきた。

「自分は朝飯に和食を食べねば気が済まないであります。衛生婦、このビーフシチューを味噌汁に取り換えるであります」

「ゴードンさん、文句言わないでくださいね。今日は月に一回のパンの日なんですよ。パンに味噌汁じゃ、座りが悪くなってしまいます」

「それでは、ご飯も持ってくるでありますよ。とにかく、日本男子たるもの、朝げに味噌汁を飲まないのは恥であり、そもそも憎き米国にわが神国は負けておらず――」

 いったいどんなバカが大部屋で騒いでいるのだろう、と九条は歯ぎしりしつつ、布団から顔を出した。

 正面の病床には、ドゴール帽を頭にのせた青年が寝ている。中肉中背の体躯に灰色の軍服をまとう。胸には金色をした六芒星の装飾が施されていた。黒髪、黒目で顔立ちはやや痩せこけている。話し方が異様に軍人じみているのが気になった。年は十八ほどだろうか。

 応対するのは、ショートカットの栗毛にナース帽をかぶった看護師である。見た目二十歳前後に見えるが、実は彼女が二十五歳であることを九条は知っている。顔には満面の笑みを浮かべつつ、男をなだめすかしていた。

(こう)では話にならない。衛生婦長を呼べ!」

「はいはい、いい子にしてくださいね」

 そう言うと、白衣の天使は目にもとまらぬ速さでポケットの注射器を抜き、軍人青年の首筋に突き刺した。青年はビクッと痙攣したかと思うと、白目をむいて口から泡を吹き始めた。

「あらあら、ゴードンさん、二度寝ですか。しようのない人ですね」

 看護師は刺した時と同じように素早く針を引き抜くと、ポケットにしまう。九条は何か犯罪現場を目撃した気分になり、布団を頭からひっかぶって寝た。

その晩は父親が見舞いに来た。熊のぬいぐるみを自分に持ってきたので、あとで解体して遊んだ。

 

 

 

「おい、女児。話し相手になるであります」

翌日の昼。頭のおかしい軍人は九条に話しかけてきた。九条は布団の中から、軍人の顔をのぞき見る。頬はいくらか血色を取り戻していた。

ということは、コイツは健常者の類に属する。会話するに値しない。

「変態、こっち見んな」

とりあえず罵倒し、布団の中にもぐりこんだ。

「変態とは横暴でありますな。病の床につくとはいえ、自分はこれでも法律に携わる者であります。現世の冷たい仕打ちに当てられて、栄養失調によりこの場に収容されているだけ」

「現世? まるで他の世界からやってきたみたいな言い草じゃない?」

 いつもの揚げ足を取る癖で、九条はつい尋ねた。

「その表現で適切であります。自分は地獄より現世に落とされし裁判官候補生、閻魔大王の見習いでありますよ。現世で犯罪者を千人裁いた暁には、地獄の最高法規となることが約束されております」

「じごく? えんま? なんだお前、本当に頭がおかしい病気で入院していたのか」

 九条はもぞもぞと布団の中で向きを変え、布団の足の方からおかっぱ頭をのぞかせた。

「じゃあ、あたしと同じ側の人間だ。この欠陥品」

 にやにやと軍人を見下すと、吐くように言った。青年はさして気に止めた風もなく自分の名前と病気を尋ねてきた。

「あたしは九条 南。筋ジストロフィーっていって、だんだん筋肉が死んでいく病気。もう足が動かないの。お前と同じ欠陥品」

 軍人青年は横文字に目をしばたたかせた。顔がアヒルのように間抜けで滑稽だった。

「その病気は治るのでありますか?」

「無神経」

九条の頭は布団の中に沈んでいった。軍人はいろいろ謝罪をしていたが、九条は聞いていない。

 その晩は母親が見舞いに来た。お土産にケーキをくれたので、あとでぐちゃぐちゃにつぶして遊んだ。

 

 

 

男が来てから三日目、院内総回診があった。入院患者一人ひとりの病状を、この病院でたった一人の医師が聞いて回る。

「ゴードンさんは明日退院でよいよ」

 耳から毛の生えた老人は、入れ歯をもごもごさせて言った。

「感謝に耐えぬであります。ところで、診察代金の方は?」

「うちは払える人からもらっとるからよいよ。好きなだけ払って帰りなさい」

 手持ちの金が一銭もないのだ、と軍人は説明した。それならなにか芸をして見せなさいと老人は言う。

 軍人はベッドから立ち上がると窓辺へ歩み入った。

「今から世にも不思議な技を見せるであります。名付けて、スズメのお宿」

 医師と、大部屋にいた六人ほどの患者はもの珍しそうに軍人を見ていた。九条は興味がないので布団にもぐりこみ、爪を噛んでいる。

 しばらくすると、草笛を吹き鳴らしたような音が部屋に響き始めた。ちょんちょんという声が部屋の中に満ち始める。

九条は、精神病患者がどんなバカげたことを始めたのか気になり、布団から首をにゅっと突き出した。

軍人は操り人形でも使っているかのように、指をくねらせていた。驚いたことに指の先からは笛の音が出ている。音につられて窓からスズメが部屋の中に飛び込み、患者の周りを回ったり、群れを成して合唱したりしていた。

手近なスズメを九条は捕まえる。草笛の音のせいか、スズメはちっとも逃げようとしなかった。

「お前は健康でいいな。自分の羽でどこにでも行けるんだから」

 羽をむしってやろうかとも考えたが、手が汚れるのでやめた。代わりに、ベッドの下から昨日つぶしたケーキを取り出す。スポンジをむしってやると、うまそうにつついて食べた。

 軍人がしばらくして音を止めると、スズメたちは窓から外へ帰っていった。部屋に拍手が巻き起こり、軍人は照れて頭をかく。

患者の一人がどうやって音を出したのかと聞いたが、軍人は苦笑いをして答えなかった。

その晩は祖父母が見舞いに来た。何も持ってこなかったので、二人を使って遊んだ。

「南はね、南はね、死ぬのが怖くないんだよ。だって神様が南のことを見守っててくれるんだもん。にんげんはいつか死んじゃうけどそれって普通のことでしょ。神様が見ててくれれば安心よ」

しなびた二人は、身体のどこからか水分をしぼってきて泣く。そして、自分の頭をかきなでると帰っていった。

 

九条の祖父母が帰ると、軍人は九条に声をかけた。

「自分は明日で退院するであります。これでお別れであります。それで、甲に聞いておきたいことがいくつか」

軍人はおもむろに続け、

「甲は男児と接吻したことはありますか?」

「せっぷんて何?」

九条は不思議そうに返した。

「仲の良い男女が唇を交わすことでありますよ」

「なんだ、キスのことじゃん」

 嬉々として、九条は返す。

「まだないよ。ただ試してみたい」

「それでは男性と手をつないだことはありますか?」

「うーん、お父さんとならあるよ」

「肉親や兄弟は含めずに考えてほしいであります」

「じゃあないない」

 軍人は自分の胸に親指を当て、

「最後に、自分以外の男児とここ一ヵ月、目を合わせて会話したことはありますか?」

 少女は質問の意図を測りかねたように目を回した後、ベッドの上でいきなり身構えた。

「ないけど……お前、そんなこと聞いて、あたしに何する気?」

軍人は、黙ったまま立ち上がり、九条に近づいていく。九条は素早くナースコールのボタンに手をかけた。

「待ってほしいであります」

 手のひらを向け、九条を制止する。灰色の軍服を着た青年は、なにかただならぬ気迫を放っていた。九条はボタンを押すのを止めておいた。

「少し昔話を聞いてほしいのでありまして」

 九条は少し迷った後、首を縦に振り、承諾した。

 

「自分の来たところは、地獄の一番底、無間地獄であります」

 軍人は、九条の横の椅子に座り、とつとつと語り始めた。部屋は消灯され、二人は枕元の電気スタンドだけで互いの姿を認識している。

「たくさんある地獄の中で最もつらく、生きていた時にすごく悪いことをした者たちが裁かれる場でありますよ」

「どうして軍人はそんな地獄に落とされたの?」

「自分はさる大きな戦争の指揮をとり、大勢の民を殺してしまったからであります。平和のためにと思い、通信兵から指揮官まで成り上がったのですが、負けたのです。自分はこの世で罪を裁かれる前に病死したので、地獄でそれを償うこととなりました」

病死。その言葉を聞き、九条の顔が少し(かげ)った。

「自分は今でも、自分のしたことは正しかったと思っています。しかし、罪深かった。もし、生前の人生をもう一度やり直せるとしたら、もっと別の道を考えると思うであります」

「軍人……病気で死ぬ時って痛かった?」

 九条は恐る恐る聞いた。

「そうでありますな、苦しかったような覚えがあります」

「……へぇ……おやすみ軍人。あたしもう寝る」

力ない声で九条はつぶやくと、布団の中へもぐりこんでいった。軍人は布団のふくらみの上にそっと手を乗せる。

「すみませぬが、まだ話は終わっていないのであります」

 返答はなかった。軍人はかまわず続ける。

「ここ毎晩、女児のすすり泣く声がこのベッドから聞こえておりました。九条どの、もしかしてとは思うのですが、何か心に大きな重しを抱えているのではありませんか? 自分で良ければ話してみてください」

 少女は布団から腕だけ伸ばして、電気スタンドのスイッチを切った。

 

 

 

四日目。朝、九条が目覚めると軍人はいなくなっていた。夜が明ける前に病院を出て行ったのだと栗毛の看護師に聞いた。あの人は頭がおかしいからもっと入院していた方がよいと九条が言うと、看護師は同意してくれた。

夕方近くに、軍人は花を持って少女のもとにやってきた。九条は布団の中にもぐったまま、ドゴール帽をかぶった青年を見つめた。

「軍人のうそつき。昨日、これでお別れだって言ったじゃない」

「そのつもりでしたが、九条が『無垢なる者』だと分かったので、しばらく通うことにしたであります」

「むくってなに?」

「心がきれいだ、ということでありますよ」

そう言いながら、軍人は近くの花瓶に花を挿した。

「あたしの心がきれい? 軍人、よく見てるじゃない」

 布団の中から九条は首を出した。

「いえ、『無垢なる者』とはあくまでそう呼んでいるにすぎません。薄っぺらい硬貨を『百円板』ではなく、『百円玉』と呼ぶのに似ています」

「……なんだ。私が『無垢なる者』だとどうして軍人は来てくれる?」

「『無垢なる者』と特別な関係になりたいからであります」

軍人は花を整え終わると椅子に腰かけた。

「九条は、自分が地獄からこの世に落とされた理由を覚えているでありますか?」

「確か……えんまとか言ってたっけか。難しくてよく覚えてない」

「すみません。自分の配慮が足りませんでありました。簡単に言うと、悪い人をだれがはやく千人つかまえられるか試験に自分は参加しているのであります。千人つかまえた人から順々に地獄へ帰り、十人抜けたところで試験は終了。残りの人はこの世に置いてけぼりになるのです。地獄に帰れた人は閻魔大王になれます」

「けど、地獄に帰るっておかしくない? この世でずっと暮らせばいいのに」

「最初からそれを狙って閻魔の試験に参加するものもいましょうが、たいてい途中試験で脱落します。この世で戦うのは最終試験なのであります。地獄の各地から選び抜かれた者たちが、しのぎを削って戦いあう場なのです。おそらく、彼らの中に生半可な気持ちで臨む者はいません」

 軍人は胸を張り、少々誇らしげに言った。

「その試験に、あたしが必要なの?」

「はい、ただ今はまだ。じきにどう必要なのか教えます」

軍人は、九条の布団の上に手を置いた。

「いまは互いのことを知ることが大切であります。九条、気が向けば甲のことも自分に教えてほしいです」

 九条はいやよと言って布団の中に身を隠した。

その日の夜は軍人がずっとそばに座っていた。家族はだれもこなかった。

 

五日目、軍人は朝見るといなくなっていた。そして、一日中現れなかった。

その晩は、家族がみんな自分のベッドの周りに集まった。口々に具合はどうだい、と尋ね、いろんなお人形やケーキをくれた。父、母、祖父母が順番に九条の頭をかきなでて優しい言葉をかけてくれた。

けど、軍人がいなかった。

九条は通うと言っておいて来ない軍人がおもしろくなかった。その場で人形を引き裂いて、ケーキをつぶして見せた。それでもにこにこ笑っている家族全員に、一人ずつ汚い言葉を吐きかけた。ケーキを顔にぶち当てた。出てけと言い、全員出て行かせた。

 疲れたので、布団を頭からかぶって寝た。

 

六日目、時刻が昨日から今日に変わったあたりで、九条は目を覚ました。隣の椅子から誰かのすすり泣く声が聞こえてくる。うるさいからどっかいけと言おうとし、九条は電気スタンドをつけた。

椅子の上で、軍人が目を真っ赤にはらして泣いていた。

九条は布団からおかっぱ頭だけ出して軍人を見た。

「なんでお前泣いているの?」

 軍人は答えなかった。ただ、鼻をぐすぐす鳴らし、時折備え付けのティッシュペーパーで顔を拭っていた。それはあたしのティッシュだと注意しようとも思ったが、好きにさせた。

「どうしてこんな夜中に来たの?」

しばらくし、

「……九条」

軍人はのどから声を絞り出すようにしてつぶやいた。

「パンドラの箱というものを九条は知っているでありますか? あらゆる災いがそこに詰まり、ひとたび開ければ不幸をもたらす。ただ、箱の底には希望が残っているのであります」

「知っているけど、そのおとぎ話の箱がどうしたの?」

「自分はそれを持っているのでありますよ」

軍人は両手で九条の布団をつかんで言った。

「もし、九条は、自分がパンドラの箱を持っていたら、開けようと思いますか? それとも閉じたままにしておきますか?」

「ちょ……何」

「真剣に答えてほしいであります」

青年はまっすぐな目で自分を覗き込んできた。九条は少し眉をひそめて迷った後、開けてみると言った。

「どうして?」

「開けなきゃ、中のもんが本当に不幸か分からないじゃん。その上で、あたしは欲しいものがあったらつかみ出す」

 青年は唇を噛みしめて答えた。

「分かったであります……九条南の寿命は残り一ヶ月前後であります」

 九条は声を聞き、思考が止まり、

「え……うそでしょ」

次の瞬間猛烈な吐き気に襲われた。鐘の音が頭にがんがん鳴り響き、めまいで世界が回っていく。今までごまかし、繕い、必死で隠してきた死神の鎌をのど元に感じる。

 胃の内容物を布団の上に吐瀉(としゃ)した。胃酸で口内がすっぱくただれる頭を左右に振り、必死に絶望を振り払う。

歯をむき出し、青年の目をにらみ上げる。

「お前、なにでまかせいってんだ」

「でまかせではありません。昨日の夜、先生の部屋のわきを通った際、家族と先生が話すのを偶然聞いてしまったのです。あと数日で壊死が心筋に及び――」

「嘘だ!」

 オオカミのように低くうなり、青年の軍服に掴みかかった。

「死ぬってことは……あたしはもういなくなるってことで……何も感じなくなるってことで」

「落ち着いて……」

「これが落ち着いていられるか! 死ね、お前が死ね。欠陥品のふりをした健常者、お前は私を見下す側だ。お前が死んでしまえばいい。どうしてそんなこと教えた」

 髪を振り乱し、地の底から響くような絶叫を上げる。目を血走らせ、少年の首筋に爪を突き立てる。赤い血が爪の先から滴り落ちてきた。

「どうしてだ、なんでお前が生きてあたしが死ぬ! どうして、お前は二本の足で歩け、あたしは歩けない。うらやましい、うらやましくてへどが出る。いったい二人の何が違った。なんであたしが死ななくちゃいけない? 死にたくない、死にたくない、死にたくない――」

 少女は身体を強く抱きしめられる。

「絶対に死なせません」

青年は小さくささやき、少女の口を口でふさいだ。とたん、青年の背に漆黒の翼が現れる。羽の一枚一枚が、光を照り返し、黒曜石のような輝きを放った。

少女の身体から力が抜けた。青年は唇を外す。

「これで、自分と九条の契約は成立したであります。今後、生きるもいっしょ、死ぬもいっしょ。二人で一つであります」

 少女は茫然と少年の顔をのぞいた。

 青年はきつく手で少女の身体をかき抱いた。

「甲を助ける方法はただ一つ。自分が閻魔となり、人の世の禁忌を犯すこと。そうすれば、甲を救うことができるであります」

そのためには千人の犯罪者を裁けばよい、と青年は続けた。

「え、千人……無理だよ、あたしにだって分かる。三十日で千人なんて……。犯罪者がそんなに近くにたくさんいないよ」

「いいや、この最終試験にはそれをくつがえす特別ルールがあります」

 特別ルールその一「受験証ヲ携エシ者、イカナル罪モ之ヲ免ズ」

特別ルールその二「候補生間ノ争イハ、之ヲ奨励ス。時ニ望ミテ受験証ヲ滅却サレシ者、冥府ヘノ帰還ヲ永劫禁ズ。証ヲ滅却セシ者、滅却サレシ者ヨリ既裁数ヲ加算サル」

「つまりどういうこと?」

「特別ルールその一により、自分はどんな犯罪をしても許されるであります。そこで生前自分が通信兵だったときの技術で、これからあらゆる電波をジャミングするであります。なんとしても地上に解き放たれたすべての候補生を見つけ出す」

 そして、特別ルール二を使う、と青年は言った。

「特別ルール二は倒した相手が裁いた犯罪者の数を、自分の数に加えてよいというものであります。そこで、全候補生の位置情報を通信衛星から全候補生に向けてばらまくのでありますよ。互いに食い合いつぶし合う、阿修羅の地獄を地上に再現する。あっという間に候補生の数は激減し、裁いた犯罪者の数、すなわち既裁数の三桁のものが数人が残るのみとなりましょう」

最後につぶす、と青年は断言した。

「彼ら全員を自分が刈り取れば、千の壁を突破することができるであります。まさに、逆式ネズミ算」

少年は宣言した。それがどれだけ難しいことか少女は聞くだけで察する。

だが、少年はそれをしようとしていた。

自分の命を救うため、己が知力を賭して戦おうとしていた。

「逆式ネズミ算のシステムを構築し、起動させるまで二十五日。それから五日で全てを決するであります。九条、どうかあと三十日間生き延びてください」

 

 神様はいじわるである。九条南は実体験からそう思う。

どんな絶望の前にも、希望の一糸を垂らすからだ。

――終