錬金術師の助手  有内 毎晩



「それで夜の海に飛び込んで風邪引いて戻って来たわけか……」

「す、すみません……」

 鼻がむずむずする。もう少し、ちゃんとした脱出方法を考えればよかったかもしれない。

「やれやれ、ここは病院だぞ。他の入院者にはうつすなよ?」

「わかってます……」

 僕は博士が入院した病院へ出向き、彼女にあの晩のことを全て話した。もちろん怒られたが、その後に感謝もしてくれた。

「そうか、レシピは消えたか……」

 ふと、博士が呟いた。

「……すみません。アレは博士のお兄さんの形見だったのに」

「いや、気にするな。そもそもあんなもの、私がさっさと捨ててしまえばよかったのだ。私は少し、兄の亡霊を追いすぎていた。あんなものが無くとも、兄はここで生きている」

 博士は小さく自分の胸を叩いた。

「それより問題は研究室だろう。あの一件でめちゃくちゃだ。まあ、また一からやり直せばいいのだがな。もちろん、君も手伝ってくれるのだろう?」

 博士がこちらに視線をよこした。

 僕は少しだけ、胸が痛んだ。

「それもすみませんが……博士」

「なんだ?」

「僕は、博士の傍にいるわけにはいきません。軍事施設の侵入と損壊。目撃者も一人います。僕には罪があります。事が事だけに奴らは公にはしないでしょうが、少なくとも僕は奴らの敵であり、狙われる立場です。まだ時間はあるかもしれませんが、僕は――」

「それが何だと言うのだ?」

 僕の言葉を遮るように、博士は言い放つ。

「損害を被ったのは奴らだけではないぞ。私の研究室がそうであり、私自身がそうだ。双方共に加害者であり、被害者であるわけだ。一対一のおあいこだ。奴らが報復に来るなら、今度は向こうに非がある。その時は当然のように正義を振りかざしてやれ。ああ、そうだ。私の知り合いに大声では言えない組織の関係者がいる。そいつの力を借りてもいい」

 まるで子どものような理屈だ。

 だけど、何故だかとても納得の出来てしまうような言い草だった。

「君もそれで構わないだろう?」

「……でも、また強硬手段を取ってくるかもしれませんよ。今回みたいに」

「その時は――」

 博士は満面の笑みで答えた。

 

「君が守ってくれるのだろう?」

 

 その顔は肯定すること以外を認めないような強引さを含んでいた。

「……ええ、必ず」


 そして、僕は彼女の傍にいることを決めた。

 

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