残骸のエゴ
灰傘日光
今と昔の話をしよう。
これは、社会を相手どった狂った男の話であり、人間に憧れたガジェットの話であり、すなわち『わたし』の話である。今でこそ、ガジェットと呼ばれる自由な意思を持った機械たちが跋扈していて、人間はデミと呼ばれ、彼らの指導者として数えるほどしかいない。そんな世界なのだが、きっかけを作ったのは人間達である。
昔の話
気に食わなかった。聞こえのいい言葉ばかりのこの社会も、こぞって体を機械に変えていく人達も。
始まりは、世界中で発表された管理社会計画だった。
労働は不要で、病気は皆無で、世界はひたすらに合理化に向かって進むような計画。都市機能のほとんどが機械に任せている現状で、さらに自分たちを機械にしようという計画。
人々はこぞって賛同し、恭順した。身体改造、脳改造が一般化され、平等の名の下、全ての人にIDが割り振られ、愛の名の下、常時肉体の情報が送られるシステムを体に飼い、平和の名の下、思想すら統一され始めた。
私はそんなシステムは真っ平だったし、この頃からこの社会を見限り始めていた。
思想を統一し、自分というものを捨てていく人間達へのあてつけのつもりだったのか、私は昔からの研究にまた手を付け始めた。機械に意思を持たせる研究である。
今の話
荒れ果てた街で僕らは宝物を探している。自分の夢を叶えてくれるものを。
「おーいケント、そっちには何かあったか?」ヒヤリスがそう声をかけてきた。
「特にないね、今日はそろそろ帰ろうか」僕はそう答えて、今日の収穫をボディの後部に載せた。
「しかし、相変わらず便利な体だよな。多脚だし」
「人型にはわかるまいよ」
そんな、いつも通りの会話をしながら僕らは町のほうに歩を進める。ここは、かつて人間たちが暮らしていた廃墟で、僕らはたびたびここを探索に訪れる。人間たちが使ってい
たものなどを探して、めぼしいものは売ったり、自分のものにしたりしている。なんだか泥棒みたいに聞こえるけれど、まあ感覚的には人間たちが苺狩りとか、潮干狩りとか、そう呼んでいたものに近いと思う。
「今回はなかなか大漁だったな。特にこの人間が使っていた端末は楽しみだ。アーカイブズにメモリを漁ってもらえれば音楽データの一つでもあるだろ」道中、そうヒヤリスが嬉しそうに呟く。
廃墟に潜る機械は少なくないが、彼らの理由の大半が自分の趣味のためだ。ちなみに彼の生きがいは音楽。たかが趣味と思うかもしれないが、僕ら機械にとってそれはかなり大きなウェイトを占める。人間のように生存のために必要なものが無い僕らは、生きているということを実感するための何かが必要なのだ。
そうこうしているうちに僕らの町と廃墟を隔てる門についた。正式な名前があったと思うが、忘れてしまった。今では単に門と呼んでいる人が大多数だ。門から町に入るには、自分のサブの記憶チップを預け、門番にチェックしてもらう必要がある。あまり見るものもない小さな町だが、これも治安維持の一環である。
町に入ったところで僕はヒヤリスと別れた。彼はドームと呼ばれる施設に。さっそく手に入れた端末を解析してもらうんだろう。僕は僕で薄暗い裏路地に足を向ける。お得意の業者と商談だ。
「……ではケントさん。今回の買い取り額はこのくらいで」真ん丸のボディに二本のアームがついたガジェットが天井に釣り下がりながら僕に声をかけてくる。
このガジェットはビーレイドさん。この町の市場の一角を担い、他の町とも商売をしている凄い人。生きがいは商売。彼と僕はあるものを売りに出すのを待ってもらう代わりに、廃墟で手に入れたものは全て彼に売るという専属的な契約をしている。
「しかし、人間の記憶チップを手に入れるためによく頑張りますね」
「夢ですからね」
僕の生きがいは、要はそれだ。人間について知りたいのだ。
といっても今の時代にそれは特に変わった生きがいというわけでもない。ヒヤリスの音楽にしろ、絵画や文学といった他の何にしたって僕らの趣味はすべて人間の模倣のようなもので。つまりは皆、人間に憧れているのだ。
「それに、憧れだけじゃないんですよ」と僕は続けた。
昔、廃墟で人間の武器が使われたのを見た。それを使われた奴は下半身しか残っていなくて、人間というのはデミの話に聞くような高尚な存在ではないんだと思った。
その時から僕は真実が知りたくなった。デミは人間は進化の果てに姿を消したって言ってたけど、どうにも信じられなくなっていた。
「では。今日はこれで」
「はい。またのご来店を」
今日の話では、あと何回か取引を繰り返せば買える段階にあるようだ。期待に胸ふくらませながら、僕は帰路に就いた。
昔の話
管理社会と、私の研究がほぼ形になってきていた。失敗と進歩と偶然の末に、彼は完成した。
少年型のプロトタイプだ。
プロトタイプといったが、完成といってもよいほどの出来であった。つまり、それほど彼は人間じみていた。
意思を持たせるうえで最も重要なのが脳を模した回路を作り、神経と同じように作用させることだった。彼という脳回路のひな形ができたことで、研究自体も今までとは段違いの進展を見せた。彼は穏やかな性格であり、彼を基準にして回路のどの領域が性格にどう影響を及ぼすのかもわかってきた。
そして、私がこの社会に完全に背を向ける出来事が起きた。
E.V.Sと呼ばれる病気の発生である。
数日間突然の昏睡状態に陥り、目覚めたのちは感情や個性、おおよそ人間味と呼ばれるものがすべて失われる。合理的で画一的な価値観しか持たなくなり感情の振れ幅はある一定値を決して越えなくなるという病。
まるで自我というものが消失したようだった。
自我とは、喜びや悲しみや倫理観、ある状況下で獲得したこういった性質の集合体でしかなかった。効率化を極めた人間にこそ、自我という機能は不要だった。意識的な進化のみを望んだ人間は、無意識の進化に飲み込まれた。多様性を求めて獲得した自我は、効率化を求めてそれを捨てることを選んだのだ。
同時に私は、ここが人間という種の終点だと、そう感じた。自我がなければ誰も彼もが機械のようだ。彼らが人間であることを捨てるのなら、いつまでも生態系の頂点に居座り続ける意味もない。機械にすべてを任せるのなら、機械が社会を牽引すべきだ。
そうと決めたら行動をしなければ。機械のために。
今の話
僕は目を覚ました。いい朝だ。正直な話眠る必要はないんだけど。
今日もまた廃墟に出掛ける。昨日の今日だが、目標がぐっと近づいているのを知りじっとしていられないのだ。
行きがけにヒヤリスにも声をかけたが、彼は今日は昨日拾ってきた端末にあった音楽を一日中聞くらしい。データの抽出、ガジェット用に変換など、かなり手間がかかるはずなんだけど、昨日のうちにこなしてしまったらしい。やはりみんな生きがいになると行動が早い。またアレンジして聞かせてくれるのだろうか。楽しみだなあ。
さて、廃墟に行こう。
昔の話
私の研究の日々は、急に終わりを告げた。
世界から人間が消えていくにあたり、支配者側でも似たような研究はされていたらしい。目的は、支配する先を人から機械に変えるだけの、初めから自分たちが創造主として頂点にいる社会。技術を駆使しての現状維持。それだけの話だった。
そのお話に私は余計だったようだ。私の研究は彼らより遥かに進んでいて、あらゆるものが押収された。資料も、成果も、私が造った彼らも。そして私には管理社会の一員となるべく改造が施された。
数日もすれば完全に私もあらゆる面で管理社会の一員となることだろう。思えば私は、人と機械の立場を逆転させるためにこんな研究をしていたのだろうか。ならば望みが叶えられることを喜ぶべきなのかもしれない。
だがこの状況はあまりにもふざけている。あいつらに食われるために全てを賭けてきたわけではない。これじゃあ何も変わらない。
私はここで消える。だが『わたし』は決して消えない。この無念を風化させるわけにはいかない。人間が上にいるのでは駄目なのだ。
行動をしなければ。機械のために。
今の話
僕は廃墟に行き、ヒヤリスは家にこもり、そんな風につつがなく毎日を過ごして、とうとうこの日がやってきた。今日の稼ぎいかんでようやく記憶チップが手に入るのだ。
もう浮かれずにはいられなかった。周りの人に心配されるほどふわふわした気持ちで朝から廃墟を漁っていると、不意に横から声をかけられた。
「やけに浮かれているのう」
「やあ、アウトロ。びっくりした」本当にびっくりした。
声をかけてきたのは蜘蛛型のガジェット。名前はアウトロ。だいぶ昔にほかの町からこっちに来て、この廃墟に暮らしている。僕はよく廃墟に来る都合上、彼とはいつの間にか
仲良くなっていた。
「今回の廃墟あさりで目的のものが手に入りそうなんだ」
「それは良かった。じゃが、ここにいる用が終わったなら、早く町に戻ったほうがよい」
「どうしてさ」
「何でも、ここから南のある町で、デミがあるガジェットに殺される、などという事件が起きたそうでの」
「へ?」
意味が解らなかった。ガジェットというものはすべてデミに作られたものであるはずなのだ。デミを殺す理由などない。
「わしの耳に入ってきた程なのじゃから、ここのデミにもすぐ伝わるじゃろ」
「不可解ではあるが、そいつは今も捕まっておらんようじゃし、おそらく早ければ今日中にもトライビクロ門は閉じてしまう」
ああ、あの門はそんな名前だったのか。変な名前だ。
「そうなんだ。ありがとうアウトロ。じゃあ僕は帰るよ」疑問を覚えながらも僕は返事をして、これだけあれば足りるだろうと荷物を担ぎ直す。
「ああ、気を付けてな」
確かに不可解な事件なのだが、その時は気にも留めはしなかった。それよりも閉鎖のことで頭が一杯だった。せっかく目的が達成されるというのに締め出されるなんて洒落にもならない。僕は急ぎ目にその場を後にした。
昔の話
私の研究を奪ったことにより、機械と入れ替える算段が付いたのだろうか。もう私は違うのだが、私のような管理に順じない人達を排除し始めた。
だがここにきて未だ管理を受け入れないような人達だ。一筋縄でいかないのは間違いないだろう。一筋縄ではいかないし、過激な集団も少なくないはずだ。今はもう国家間という区分に意味はないから、世界内戦とでも呼ぶべき争いになるかもしれない。
争いを起こさないための計画の最後がこれとは。結局この程度のことなのだ。機械になることを進化と呼んでいた末路がこれだ。
しかし私にとっては今の状況のほうが遥かに好ましかった。たとえ負けようとも、少なくとも彼らは自分の意志で争いを起こすのだから。結果がどうなろうとも大した問題ではない。
たとえ都市が滅びようとも。
今の話
他の町のデミが殺されたことは町に伝わっていた。アウトロの言っていた通り、門は閉鎖され、ドームも一時的に使用禁止になった。
そして僕はいつものごとく、ビーレイドさんの事務所で商談をしている。
「よくここまで頑張って稼ぎましたね、これは今この瞬間からあなたのものです」
僕の目の前には手のひらに収まるくらいの透明なケースがあり、その中に記憶チップが鎮座している。感動のあまり体に震えが走る。涙が出そうだ。涙腺はないけど。
「ありがとうございます!」
「あくまで対等な取引なので、お礼を言う必要はありませんよ。あなたの努力の賜物です」そう言いながらビーレイドさんの声にも嬉しさが滲んでいる気がした。
家に帰って、僕の夢を眺める。
いつまで眺めていても飽きなかった。音源を手に入れたら家にこもってばかりいるヒヤリスも気持ちがよくわかる。一つ問題があるとしたら、ドームが使用禁止になっていることだ。
人間の記憶に限った話ではないんだけど、廃墟で見つかるたいていのデータはガジェットには変換しないと読み取れない。
どうしよう……。
昔の話
予想通りに、世界中で争いがおこった。だが私には結果を見届けられないだろう。
私の脳がシステムに侵されるまでに残った時間は少なく、できることは限られている。
機械達の織り成す社会は必ず人間の文明を下敷きにして成り立つであろう。普通は前時代の遺物から発展していくであろうし、上に立つ奴らが変わらないのだから、なおさら。
目の前には記憶チップの山があった。これが『わたし』を消さない手段だ。
これが読み込まれた場合、通常ならウィルスに汚染されて、機械はただのガラクタになる。そして脳回路を持つならば、私の記憶がその個体に上書きされ、『わたし』となる。
全てを終えた。あとは、『わたし』に託そうか。
今の話
夢が目の前にあるのになぜ手をこまねいているのか。苛立ちと焦燥が一秒ごとに大きくなっている気がした。変換していないデータを読み込んでもエラーが出るだけなのはわかっていたが、無駄でもいいから何か行動を起こしたかった。
そうして僕は、自分のサブ記憶のスロットにチップを押し込んだ。
暗転
そして、『わたし』は今、ここにいる。
身体の調子を確かめた『わたし』は彼、ケント君の記憶チップをスロットし直し、失望する。やはり社会は人間が支配しているのか。
仕方がない。他の『わたし』も頑張っているようだし、為すべきことをしよう。
行動をするのだ。
機械のために。