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佐伯探偵事務所

片岡倉羽

――いまだ見つかっておりません。なお、警察では」

「あっ!」

テレビの前の視聴者に向かって熱心に語っていたアナウンサーの姿が消え、画面は真っ黒になる。

食い入るようにテレビを見ていた女性は、声を上げてテレビを消した張本人を睨みつけた。

「ちょっと正人!私見てたんだから、つけなさいよ」

正人と呼ばれた男性はソファーにふんぞり返って座ったまま女性――自身の姉、清子を一瞥する。その手にはテレビを消したリモコンが握られていた。

「テレビ見る暇があるんなら依頼の一つでも持って来いよ」

「持ってきたでしょ、迷子の猫を探してくださいってやつ」

清子は反論してから正人に近付きリモコンを奪おうとするが、正人はそれを真後ろに放り投げる。

「あんなの依頼のうちに入らん!家出の猫なんざ近所に張り紙でも貼っとけ!いいか?俺が求める仕事ってのはな、俺の知的興味を大いに刺激し、この抜群の推理力を発揮するにふさわしい、警察に任せておいたら迷宮入り間違いないだろう難事件のことを指すのであって、それを――おい!人の話を聞けよ!」

ソファーから立ち上がり力説する正人。しかし清子はそれを軽く流し、投げ出されたリモコンを拾ってテレビをつけている。

「はいはい、わかったわかった」

――が目撃されており、警察では何らかの関係があるとして、さらなる目撃情報を募集しております」

再びアナウンサーの姿が画面に浮かび上がった。清子はそちらに意識を向けつつ淡々と言う。

「私の持ってくる依頼じゃダメなんでしょー。そもそも、姉弟二人が自分の家の一室を事務所にしてるようなこーんなちっぽけな探偵事務所にそんなすごい依頼が来るわけないじゃん。だったらまず知名度を上げるところから始めないと」

清子の方が正論だ。これ以上何か言っても屁理屈にしかならないとわかったのか、正人は話をそらす。

「で?姉貴は何をそんな熱心に見てるんだよ」

「三日前に起こった殺人事件よ。ほら、サラリーマンがビジネスホテルで殺害されたってやつ」

「あぁ……隣町のやつか。あれ、メディアがこぞって取り上げるような事件だったか?」

興味がないと言わんばかりに気怠そうにテレビを眺める正人に、清子は目を見開いた。

「え、正人知らなかったの?事件の関係者と思われる人物はみんなアリバイが完璧、不審人物の目撃情報はあるのにその不審人物が誰なのか特定ができてない、迷宮入りも噂されている難事件じゃない」

「それだ!」

清子が言い終わるや否や、正人は目を輝かせて叫ぶ。突然叫び出した弟に清子は変なものでも見るかのような目つきになった。

「何よ」

「それこそ俺の知的興味を大いに刺激し、この抜群の推理力を発揮するにふさわしい、警察に任せておいたら迷宮入り間違いないだろう難事件!俺が解かねばならぬ難事件だ!」

「つまり、正人理想の依頼だと」

興奮状態の正人の言葉を清子が簡潔にまとめた。頷く正人に、清子の視線はさらに冷たいものになっていく。

「あのね、依頼って言葉の意味をもう少し考えなさいよ。頼まれてもないのに一般人がノコノコ出て行って相手にされるわけないでしょ?」

「俺は一般人じゃない、名探偵だ」

清子の冷静な言葉も、今度ばかりは正人に届かなかった。自信満々に言い切った正人を見て清子の口から自然とため息がこぼれる。

「そうと決まればまず情報収集だな。姉貴、もう少し事件のことを……いや、やっぱいい。どうせニュースで聞いた情報しか持ってないんだろう。警察のことは警察に聞くのが一番だ」

「ニュースのどこが悪いのよ!」

清子は言い返すが、正人は携帯でどこかに連絡しており話などまるで聞いていない。

こうなった正人はもう何を言っても聞かないことを清子はよく知っていた。そして協力を求められ、自分がそれを断れないということも。

「捕まってもしらないからね!」

清子は深々とため息をつくとソファーに乱暴に腰を下ろした。

次の日、清子が事務所としている実家の一室に顔を出すと、デスクに座った正人が何かをメモしながら電話で誰かと話していた。

「ありがとな、役に立ったぜ。礼は今度……はは、考えとく。じゃあな」

電話を切り、そこでようやく正人は清子に気付いたのか挨拶代わりに片手をあげた。清子も挨拶を返して正人に近付いた。

「誰と話してたの?」

「山岡だよ。事件のことを知るには警察に聞くのが一番だからな」

正人はデスクに置いていた紙をひらひらと振ってみせた。

高校の後輩であり、警官になった山岡に聞いたことを書き取っていたのだろうが、山岡をよく知る清子はそれを見て怪訝そうな顔になる。

「山岡君って、確か交通機動隊じゃなかった?」

「そうだけど」

それが何?と言わんばかりに正人は清子を見返す。何が問題なのかまるでわかっていない様子の正人に清子は頭を抱えた。

「交通だろうがなんだろうが警察には変わりないだろう」

「あのねぇ……

清子はたとえ山岡が極秘情報を知っていたとしても一般人に教えるわけがないと指摘してやろうかと思ったが、何を言っても無駄だと思い黙って正人が書き取ったメモに目を通す。

「えーっと……被害者の名前は長塚一。事件現場はビジネスホテル。死亡推定時刻は十八時から二十時の間。被害者の同僚と大学時代の友人が何らかの事情を知っているのではないかと推測される。以上……って、これだけ?これくらい私も知ってたわよ、ニュースで見たわよ。何、わざわざ後輩に電話したのに、これがその結果?」

なんだかんだ言いつつ清子も山岡に期待していたのか、期待外れの結果に紙を握りつぶした。

「よかったじゃねぇか。ニュースが正しいってことがわかって」

「よくないわよ!なんだってこんな……

「わからなかったことは自分で確認するまでだ。行くぞ」

正人は清子の怒りをあっさり聞き流し、部屋を出ていく。清子は慌ててその後を追った。

「ちょっ、どこに行くのよ」

「被害者が勤めてた会社だよ」

正人はそれだけ言うとさっさと車に乗り込んだ。

車を飛ばして小一時間、正人と清子は被害者が勤めていた会社に到着した。被害者の勤務先も報道されたいたらしく、辺りは報道陣ややじ馬でごった返している。

正人は喧騒から少し離れたところに車を止めると清子に下りるように伝えた。

助手席に乗っていた清子が下車し、ドアを閉めたのを確認すると正人は助手席側の窓を開けて身を乗り出す。

「姉貴、うまくここの女性社員に近付いて事件のことを聞いてきてくれ。容疑者かって言われている同僚の名前を聞き出してくれればいいから。俺は現場に行ってくる」

「え、ちょっと!」

「なるべくお喋り好きそうなやつを狙えよ。記者を装えば話してくれるだろ。じゃあな」

正人は言いたいことだけ言うと窓を上げ、発進してしまった。

訳のわからないまま連れ出され、訳のわからないまま一人取り残された清子。

しばらく呆然と立っていたが、自身の置かれた状況を理解すると何度目かになるため息をつき報道陣が待機する正面玄関の方に向かって行った。

一方、殺害現場のビジネスホテルに向かったはずの正人は早々にホテルを出て被害者の自宅へと向かっていた。

ホテルでは被害者の部屋番号や第一発見者だというボーイの話を聞くつもりだったのだが、ホテル側のガードが固く、何も聞き出せなかったのだ。

しかしエレベーターを使えばフロントの前を通らずにそのまま部屋が並ぶ階に行けることや、ホテルの一階には宿泊者以外も利用できるレストランがあり、またホテル前は人の往来が激しいためホテルを出入りした人を特定するのは困難だということがわかった。

そのため正人はあっさり引き下がり、被害者の家に向かっている。そこで被害者の友人で事件に関わっている人物について調べようというのだ。

被害者の家の場所はたまたま耳に入ってきた記者の会話の中に出てきたため知っている。もっとも地名しか聞こえなかったのだが、どうせ被害者の家も報道陣が張り込んでいるだろうから近くまで行けばわかるはずだ。

案の定、被害所の家はあっさり見つかった。予想より大勢の人が被害者が借りている部屋のあるマンションを囲んでいたのだ。

今現在警察の家宅捜索が行われているためどうやら報道陣だけではなく、やじ馬も集まっているようだ。

家宅捜索の様子などを中継するアナウンサーの声に耳を傾けてみると、被害者は独身で、事件当時ビジネスホテルに宿泊していたのはこのマンションで水道管の工事が行われていたかららしい。

ここでは目的を果たせないと踏んだ正人は記者を装って近所の人に話を聞いてみることにした。しかし被害者はあまり近所付き合いのいい人ではなかったらしく、被害者の友人関係まで把握している人はいなかった。

そんななか、一人の住民からある有力な情報を聞き出すことができ

た。被害者は近所のとある居酒屋に頻繁に通っていたというものだ。

正人はその居酒屋の場所を聞き出し、すぐさまそこに向かった。

被害者の長塚がよく通っていたという居酒屋は、その自宅から徒歩で十分程の場所に位置していた。まだ正午を過ぎたくらいの時間帯のため、営業はしていないようだ。

営業開始は十六時から。どうしようかと店の前でしばらく考えていると、突然店のドアが開き一人の女性が出てきた。

どうやらこの女性が店の主人らしく、ビールケースを持って正人を訝しげに見つめている。

「何ですか」

「あー私、出版社の者なんですが、先日亡くなった長塚さんのことについて、少々お話が」

もちろん正人は出版社と何の関係もなく、口から出任せである。しかし正人は真実味を持たせるため首から高そうなカメラを提げていた。

そんなこともあって女性は正人の言うことを信じたのか、途端に相好を崩す。

「あら、そうでしたか。嫌ですわ、こんなおばさんのところにまで来ちゃって」

「あ、いや、長塚さんがこちらによくいらしていたと聞いたものですから……

興奮しているのか声の高さがまるで違う。

おほほほ、と甲高い声で笑う女性に正人も思わず顔を引きつらせた。

「長塚さんね、よく来てくれてたのよ。斉京さん達と一緒に」

「斉京さん?」

聞きなれない名前に正人の目が光る。女性は大げさに頷いた。

「そう、斉京さんと田原さん。高校時代のお友達らしいのよ。あ、田原さんの方は同僚だと言ってたかしらね。前に飲みに来た時に名刺をくれてね」

女性はさらにヒートアップしていく。

「事件のあった日も三人で来てくれるって言ってたのに、長塚さんだけ来なくてねぇ、おかしいなって思ってたら殺されてたなんて……人生何があるかなんてわからないわよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。事件当日、斉京さんと田原さんは来られたんですね?」

正人はいったん女性を止め、念を押すように強い口調で尋ねた。女性はそれに少し気圧されたようだったが、しっかり頷く。

「えぇ、二人は確かに来ましたけど」

「何時頃ですか」

間髪入れず正人は次の質問を投げかけた。

「斉京さんは十八時十分で、田原さんは……そう、十八時三十分ですけど」

正人の迫力に女性の声はどんどん弱々しくなっていくが、やけに時刻ははっきり覚えているようだ。正人の目がさらに鋭くなる。

「いつも客が来た時刻をそんなに細かく覚えていらっしゃるものなんですか?」

「いつもってわけじゃないけど、斉京さんは常連だし、その日はたまたまテレビを見てたから……

「テレビを?」

正人はただ気になった点を聞き返しただけなのだが、それが批判されたと映ったらしく女性は目に見えて不機嫌になった。

「そうですよ。うちはそんなに客が来ないし、その日はいつも見てるドラマの放送日だったのよ。何?居酒屋の主人はテレビを見ちゃいけないって?」

喧嘩腰になった女性に、正人は慌てて首を横に振る。

「ち、違いますよ!ただ、テレビを見ていて、どうして時間がわかったのかなと思いまして」

「いくらドラマを見てても客が来たらそっちを見て出迎えるでしょ。その時に時計が目に入ったのよ。それに斉京さんもドラマと時計とを見てもう六時十分かって言ってましたからね。田原さんがいらした時はもうこんな時間じゃないかって田原さんが時計を見ながら言っていたんで印象に残っているんです。そんなに信じられないなら斉京さんと田原さんが来た時にやっていたドラマのシーンを言って差し上げましょうか。そのシーンは何時頃放送したんですかってテレビ局に問い合わせてみれば私が嘘をついているかどうかなんてすぐにわかるじゃない!」

女性はそこまで一気に言うとビールケースを乱暴に持ち上げた。

「もういいかしら。私、店の準備で忙しいの」

暗にもう帰れと言っているのだろう。この女性からはもうこれ以上聞き出せないと悟った正人は一礼すると車に戻った。

清子を拾い、自宅兼事務所に戻ってきた正人は清子と今日の収穫について話し合っていた。

「もうばっちり!私密偵の才能あるかもってくらい、上出来だと思うわ」

「で?」

余程自信があるのか珍しく浮かれている清子。正人は極めて冷静に先を促す。そんな正人の態度も気にならないほど気分のいい清子は得意気にペンを構えた。

「報道で関係ある可能性があると言われてた同僚っていうのは田原元也さん。被害者の長塚さんとも仲良かったみたいだし、昨日から会社を休んでるから、きっと取り調べを受けているんだろうって」

居酒屋で聞いた苗字と一致する。どうやらあの居酒屋の女性の言っていることは間違いというわけではなさそうだ。

「それでね、長塚さんは少なくとも十八時十五分までは生きてたんだって」

「その根拠は?」

「資料室の退出記録が残っているのよ。あ、資料室について説明するわね」

清子は手帳を取りだしページをめくった。どうやらメモをとっていたらしい。

「会社の資料室には社員以外に見せちゃいけないような資料も置いてあるんだって。だからセキュリティも兼ねて資料室に出入りする時は社員カードを専用の機械に差し込まなければいけないのよ。で、事件当日長塚さんが資料室に入室した記録と退室した記録があったらしいの。十六時四十分に入室記録が、十八時十五分に退出記録がね。これと、正人の聞いた話を合わせると」

清子は持っていたペンで紙に表を書いていく。十六時四十分長塚が資料室に入室

十八時十分斉京が居酒屋に入店十八時十五分長塚が資料室を退出

十八時三十分田原が居酒屋に入店「こうでしょう?で、会社から居酒屋までは最短でも十五分くらい。時間的にはギリギリよね」

「しかも、犯人は返り血を浴びているだろうから、それを考えると田原が犯人ってのはあり得ないわけではないが、時間的に厳しい気がするな」

正人は簡潔な表を眺めながら眉をひそめた。

「他に資料室に入った人間は?」

「えっと、田原さんも入ってるみたい。時間は、入室が十六時五十分、退室が十七時三分ね」

「ふーん、ってことは、こうなるのか」

正人は清子からペンを受けとるとさらに書き足していく。

十六時四十分長塚が資料室に入室
十六時五十分田原が資料室に入室
十七時三分田原が資料室を退出
十八時十分斉京が居酒屋に入店
十八時十五分長塚が資料室を退出
十八時三十分田原が居酒屋に入店

二人は改めて表を眺める。

「居酒屋さんの証言が正しければ、斉京さんに犯行は不可能ね」

「正しければな。姉貴、悪いけど明日また居酒屋に話を聞いてきてくれないか?俺はもうダメだろうから」

居酒屋の女性を怒らせてしまった話はもうしてあるので、清子は二つ返事で頷いた。

次の日、正人は清子を居酒屋に連れて行き、その足でテレビ局に来ていた。

「悪いな、この忙しい時期に」

「いえ、学生時代先輩にはお世話になりましたから。はい、これが頼まれていたものです」

正人はテレビ局に勤めている後輩から事件に関するニュースを録画したテープを受け取る。事件について詳しくしらないためこれを見て事件の概要を知ろうというのだ。初めは山岡に聞こうと思っていたのだが、彼も忙しいようで断られてしまったのだ。昨日の山岡といい、友人関係が広いのが正人の強みでもある。もう一度礼を言ってから正人は自宅に戻り、早速テープを見ることにした。

専門家の分析やコメンテーターの意見などは飛ばし、客観的な情報だけを拾っていく。新たにわかったことは、事件の前夜に被害者は友人とホテルの部屋で会っていたこと、被害者は胸をナイフで刺されたということ、十七時三十分頃に不審な人物が事件現場のホテルで目撃されていること、被害者の財布や社員カードがなくなっていること、この四点だった。財布は強盗目当ての犯行に見せかけるために盗んだのだろうが、社員カードまで盗んだのはどこか引っ掛かる。しかしこれだけの情報量では、考えてみたところで推測の域を脱しないだろう。正人が今気になっているのは目撃された人物についてだった。

「不審な人物、ねぇ……

その人物は、目撃情報によると、帽子を目深に被りマスクをしていた身長十七〇センチ程度の人物らしい。目立つ赤色の服を着ていたらしいから、誰かが変装していた可能性もある。十七時三十分といえば被害者の長塚はまだ資料室にいたから犯行は不可能であるが、下見に来ていたのかもしれない。もしくは長塚が不在であることを知らなかっただけか。

「姉貴が何かつかんでいるといいんだけど」

正人は小さく呟くと時間を確認し、清子を迎えに行くことにした。正人は清子を連れて帰るや否や早速情報を聞き出す。

「正人が言ってた居酒屋で話を聞いてみたけど、正人が聞いた話と内容は同じだったよ。あ、あと斉京さんもあの店の近くに住んでいて、常連だっていうのも言ってたわ」

「そうか、ありがとう」

清子の方は大した情報をつかめなかったようだ。しかし、女性が口から出任せを言っていたわけではないことがわかっただけでも進展だろう。

「昨日と情報量に差はないな……

正人は昨日書いた表を眺めながら肩を落とした。ふと隣を見ると、清子は慰めるでもなく何かを書いている。不思議に思った正人が覗き込んでみると、タイムテーブルのようだ。

「犯人の行動についてまとめてみたのよ。ちょっと見てみて」

清子は書き終えた紙を正人に渡した。

十七時三十分ホテルを訪れる(犯行現場の下見?)
十八時十五分〜二十時長塚を殺害

「こういうことでしょ?つまり十七時三十分からのアリバイがない人が犯人なのよ」

「その十七時三十分の不審人物が犯人と決まったわけではないだろ?まったく関係ない人かもしれない」

正人は紙を机に置き、清子が書いたタイムテーブルの下に犯人像と書き足す。

「犯人を絞りこむ他の条件としては、被害者と仲がいい人だ。犯行現場はホテルの一室、ってことは、犯人は被害者がそこに宿泊していることを知っていたということ。その上被害者は犯人を部屋に招き入れている。犯人はかなり限られてくるだろ」

正人の言い方が気に食わなかったのか、清子は紙を奪い取ると口を尖らせた。

「別に招き入れたとは限らないでしょ?入り口で刺して、部屋の中まで引きずっていったのかも」

「だったらニュースでそう報道される。引きずった跡があるかどうかくらい簡単に調べられるだろ。そういう報道がなされなかったってことは、つまり遺体は動かされてないってことだ」

間髪入れず正人は返す。清子は眉を寄せた。

「だけど別に親しい間柄だけが部屋に入れたってわけじゃないでしょ?たとえばボーイとか。なんか適当に理由をつけて、部屋に入ったかもしれないじゃない。第一発見者のボーイが犯人って可能性も」

「警察だって第三者が室内にいた痕跡があるかどうかくらい調べてるだろ」

正人は清子の言葉を遮って言う。その呆れたような口調から清子の仮説を否定しているのは伝わったか、なぜダメなのか明確な理由は清子には理解できなかった。清子は食い下がる。

「だからなんだっていうのよ」

「だから、警察が調べたにも関わらずまだ逮捕に踏み切っていない。これが指し示すのは第三者の痕跡は部屋になかった、つまり被害者以外誰も部屋に入っていない、もしくは部屋に入室した痕跡があっても不思議じゃなかった人物のものしかなかったということだ。後者に該当する者はとっくに警察が調べてる」

捲し立てられるように言われ、清子はさらに不機嫌そうになる。

「じゃ、自分の痕跡を消したんじゃない?」

「それにしたってホテルの従業員は無理だ。自分がいた痕跡を消すなんて時間のかかる作業、仕事の合間に出来るわけないだろ。それ以前に掃除器具を持ち出した時点で怪しまれる。もっというとホテルの関係者を装って部屋に入るのも無理だ。ボーイの制服なんかはそう簡単に盗み出せる代物ではないし、例え盗んだとしても被害者の部屋番号を調べられない」

次の言葉まで制され、とうとう清子は反論を諦めた。しかし苛立ちはおさまらないのでぶっきらぼうに尋ねる。

「じゃあ、犯人は田原さんか斉京さんのどっちかってこと?田原さんはともかく斉京さんは無理でしょ?アリバイ完璧だもの」

「そうなんだよなー、田原が犯人だとしても時間的にギリギリだ。田原は事件前夜に長塚の部屋を訪れていたらしいから、現場に指紋や髪の毛が残っていても問題はない。だが犯人は返り血を浴びていただろうから着替えなどの時間も考えると……

正人は新しい紙に文字を書き込んでいく。

――全部最短で考えたとして、長塚がホテルに戻るのに五分。長塚がホテルに到着してすぐ殺害し、車を飛ばしたとして居酒屋までは十五分。長塚が資料室を出てから田原が居酒屋にいる斉京に会うまで十五分しか間がないから、田原の犯行はやっぱり厳しいな」

「ぴったり十八時三十分に田原さんが来てなかったら……あ、でもこれには返り血を浴びた服を着替える時間が含まれていないから、その時間も入れると……さすがに五分、十分の誤差じゃすまないわね。血がついた服の処理だってあるし」

清子もそれを覗き込んで口を挟むが詰まってしまったようだ。正人も何やら真剣な表情で考え込んでいる。

「この、目撃された不審者が、長塚さんと仲がよくて犯行後自分のいた痕跡を完全に消し去った、ってことなのかしらね。そうじゃなきゃ、これ本当迷宮入りになっちゃいそう」

清子は散らばっていた正人のメモに目を通しながら小さく呟いた。

「わかったぞ!犯人は田原と斉京!二人共犯人だったんだ!」

次の日、正人は興奮した面持ちで事務所としている部屋に駆け込んできた。そこでテレビを見ていた清子は目を瞬かせる。

「え?」

「簡単なトリックだったんだよ。田原は長塚と社員カードを交換したんだ。田原と斉京は事件前夜に長塚の部屋に行っている。すり替えたのはその時だ。資料室に田原のカードで入退室したのは長塚で、長塚のカードで入退室したのが田原。つまり長塚が資料室にいた時間は十六時五十分から十七時三分の間ということになり、十八時十分までフリーだった斉京が長塚を殺害したんだ!目撃された不審者は変装した斉京、十七時三十分から十八時十分まで四十分もある、犯行は十分可能性なはずだ。そしてこれで長塚の社員カードまでなくなっていた理由がわかった。犯人が盗んだのではない、持ち主に返せなかっただけだったんだ!」

「あの、正人!」

力強く語る正人を清子が制した。正人は気持ちよく語っていたところを邪魔され不服そうに清子を見る。清子の表情はどこか気まずそうだ。不思議な間があった後、清子は言い辛そうに口を開いた。

「すっごく言い辛いんだけど……それ、無理なの」

「なぜ?」

正人の視線が鋭くなる。

「あのね、社員カードは全社員が会社にいる間カード入れに入れて首から提げていなきゃいけないことになってるらしくて……事件当日も長塚さん、ちゃんと自分のカードを首から提げてたって……

……

正人の動きが止まった。

「ご、ごめん、言い忘れてて……あ、ほら見て!血のついたシャツとなくなってた長塚さんの財布と社員カードが川で発見されたんだって!シャツは事件当日目撃された不審者が着ていたものと同じだ、と……

清子は慌てて正人に近寄るとニュース番組にチャンネルが合わせられているテレビを指差し必死にフォローするが、正人の肩が震えていることに気が付くとゆっくりと距離をとった。

「早く、言えーっ!」

「わーごめんごめん!うっかりしてて」

よほどショックだったのか正人はそれだけ叫ぶと、頼りない足取りで自室に戻って行ってしまった。

「正人……

清子は申し訳無さそうに眉を下げたが、どうすることも出来ず、せめて何か役に立つ情報を仕入れようと再びテレビに意識を向けた。

そして、数時間後。ニュースの話題も別のものに移り手持ち無沙汰だった清子が何を見るでもなく雑誌をめくっていた時だった。険しい表情をした正人が無言で事務所に入ってきたのだ。

「ま、正人?」

まだ怒っているのかと清子は恐る恐る声をかけるが、どうやら違ったらしい。正人は清子の方を見ると力強い笑みを浮かべた。

「今度こそわかった、事件の真相が」

「本当?」

清子の表情が明るくなる。正人は大きく頷くと、紙に時間と関係者の行動とを書き始めた。

「俺の推理は完全に間違いってわけじゃなかったんだよ。社員カードは入れ換えられていたんだ」

「でも、それは……

先程ダメだとわかったばかりではないか、と続けようとした清子を手で制し、正人は続ける。

「そう、長塚にバレないようにカードをすり替えるなんて不可能だ。――でも、長塚がそれを知っていたとしたら……どうだ?」

「どういうこと?長塚さんは社員カードが入れ換えられていたことに気付いてて、でもそのままにしていたってこと?」

思いもしなかった一言に清子は怪訝そうな顔になる。正人はもったいぶるようにゆっくり首を縦に振った。

「でも、一体いつ?出社してきた時長塚さんは自分の社員カードを持ってたって証言があるのよ?」

「その証言はおそらく正しい。カードが入れ換えられたのはもっと後、資料室の中でだ」

清子の眉間の皺はますます深くなる。

「ちょっと待って。資料室の中で、どうやって入れ換えたのよ。まさか長塚さんが自分からカードを渡して田原さんのカードを使って資料室を出たっていうわけじゃ……

「あぁ、その通りだ」正人はあっさり頷いた。清子は困惑した表情を浮かべている。

「どういうこと?長塚さんは被害者なのよね?これじゃあまるで長塚さんが共犯みたいじゃない」

「そう、共犯なんだよ。正確には、共犯になるはずだった」

正人は書き終えた紙を清子に持たせ、話し始めた。

「今回の事件には二つの殺人計画が絡み合って引き起こされた。一つ目の計画は長塚と田原が斉京を殺害しようとしたもの。二つの計画は田原と斉京が長塚を殺害しようとしたもの。正確には斉京殺害計画は田原と斉京のアリバイをつくるためだけに計画されてたんだろうけどな」

清子が目を見開く。言葉はないものの驚いていることがよくわかった。

「途中まで長塚と田原が共犯だったと仮定すると、後は簡単だ」

正人は渡した紙を見るよう清子に指示し、続ける。

「こう考えれば、今回の事件の説明がうまくいく」

十六時四十分長塚が資料室に入室
十六時五十分田原が資料室に入室
十七時三分田原のカードを使い長塚が資料室を退出
十七時三十分長塚が不審者の格好でホテルに戻る斉京が長塚を殺害、後始末をする
十八時十分斉京が居酒屋に入店
十八時十五分長塚のカードを使い田原が資料室を退出
十八時三十分田原が居酒屋に入店

「不審者の正体は、おそらく長塚だろう。その時間帯はホテルに出入りする人が多い。万が一にでも顔を覚えられていたら計画が台無しになってしまうから、あえて目立つ格好をすることで顔を覚えられないようにしていたんだろう。ちなみに、斉京がホテルに来たのも長塚が斉京を殺害するために呼び出したからだ。まさか反対に自分が殺されるとも知らずにな」

「じゃあ、今朝見つかった血のついたシャツは……

清子は未だに正人の推理を理解できていないのか、どこか焦点の定まらない目で正人を見た。

「田原が長塚に変装用の服装を指定していたのなら、全く同じ服を揃えることも可能。たぶん、あのシャツは斉京が長塚を殺害した際に着ていたものだろう」

「じゃあカードは?社員カードはどうしたの?」

「長塚が持っていた田原の社員カードは斉京が長塚を殺害した際に回収し、居酒屋で田原が持っていた長塚のカードと交換、翌日にでも返り血を浴びた服と一緒に捨てたんだろうな」

淡々と清子の質問に答えていく正人。清子はしばらく紙を見つめていたが、顔を上げると真剣な表情で正人に尋ねる。

「証拠は?」

「そんなものはない」

ためらいなく、あっさりと正人は言い放った。

「こう考えると全てが上手くいくってだけだ。ただ、遺体が発見された時長塚が不審者と同じ服を着ていたという話は聞いていないし、血のついたその服がもう一着見つかったとも聞いていない。長塚の持ち物から不審者が着ていたものと同じ服が見つかったという話も聞かない。つまり長塚が殺害された時に着ていたあの服は脱がされ、まだ斉京が持っている可能性がある。もし斉京の荷物の中からそれが見つかり、その血が長塚のものだと証明されたなら……

「斉京さんが、処分したという可能性は?」

今度は清子が間髪入れずに返す。正人は静かに首を横に振った。

「時間的に不可能だろう。ゴミと一緒に捨てるとしてもゴミ袋くらい警察が調べているだろうし、燃やすとなると目立つし時間もかかる。どこかに捨てれば見つかった時のリスクが大きいからそんなことはしない。まだ持っている可能性はあるんじゃないか?斉京はアリバイがあるということになっているから、まだ家宅捜索は行われていないだろうし」

……

清子は完全に黙り込んでしまい、そのまま微動だにしなかった。にわかには信じられない内容だったのだろう。正人はそれをじっと見ていたがしばらくしてゆっくり立ち上がるとどこかに電話をかけ始めた。

「もしもし、山岡か?この前聞いた事件、あっただろ……あぁ、あの件なんだけどさ、」

数日後、メディアはこぞってあの難事件が解決した話題を取り扱っていた。斉京の部屋から血と刺された跡がついた服が発見され、田原と斉京が自白したそうだ。斉京の部屋を調べることになった、そのきっかけを作った正人は面白くなさそうに読んでいた新聞を放り投げた。

「なんだよ、解決したのは俺のおかげだろ?なのになんで俺のことが全く話題にならないんだよ。山岡の奴、ちゃんと言わなかったな?」

「当たり前でしょ、素人の勝手な想像で家宅捜索に踏み切ったなんて書けっこないんだから」

正人の投げた新聞を拾い上げながら清子が呆れたように肩をすくめた。

「これで俺も有名になり、この事務所も有名になるはずだったんだけど」

「残念だったねー。ってことで、はい」

自分の話題を取り上げようとしないテレビを睨み付ける正人に清子は一枚の写真を手渡す。

「なんだ、この猫は」

「その猫を探してほしいんですって。依頼主は、なんと出版社勤務の人!」

正人は写真を持ったまま数秒固まる。自分を売り込むチャンスになるんじゃないかと考えているのが手に取るようにわかる。

今までのように突っぱねるのか、それとも恥を捨てて先日まで馬鹿にしていたペット探しの依頼に飛び付くのか。正人は立ち上がった。どうやら自己顕示欲の方が勝ったようだ。

「出掛けてくる」

「はい、行ってらっしゃーい」

にこやかに正人を見送っていたが、正人の姿が完全に見えなくなると清子は吹き出した。

「出版社の清掃員からの依頼なんだけどねー」

清子がけらけらと笑っている頃、正人は必死に猫を探していた。

 




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