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携帯電話の効用
 霧山ゆう
 部屋のカーテンは朝だというのに開けられないままでいる。現在時刻、十二時五十三分。平日だというのに彼女は学校に行かない。五月七日から、ずっとそうだ。
 そして彼女は今日も、食い入るように私を見つめる。人間の体の中は闇が充満していても、眼は光り、笑顔は輝くものだ。彼女の身の回りの人間を見ていてそう感じたし、彼女も私と出会った当初はそうだった。しかし、今の彼女の眼はしんとしていて、煌くことはない。暗く濁って、虚ろな眼。彼女はベッドの上で体育座りをして、無心で私を操作する。彼女の顔は病的な青白い光に照らされる。
「再読み込み」「再読み込み」「再読み込み」「再読み込み」「再読み込み」――。その度に書き込みが新しいものになる。
 やめたいのに、やめられない。見たくないのに、見てしまう。彼女は今日も、こうして傷ついている。
 脱力仕切って私を閉じると、枕元にほうった。彼女の頬を今日も涙が伝い、彼女はそれを拭い去ると勉強机の前に座った。カッターを手に取りしずしずと刃を出してから、手首の上を滑らせる。私は彼女の背中側にいるので表情は窺い知れないが、彼女の肩にとぐろを巻いた大蛇が見えるようだ。滲み出る悲しさが彼女の手首から滴り、大蛇の舌がちろちろとそれを舐める。手首からとろとろと溢れる深紅の液体を、彼女はぼうっと観察する。机に約直径五センチメートルの血溜りができたところで、彼女はふと我に返ったらしく、手馴れた手つきで止血をし、包帯を巻いていく。処置が終わると、再び彼女は私を操作しはじめる。
「再読み込み」「再読み込み」「再読み込み」「再読み込み」「再読み込み」――。
 他の私の仲間を所有する人間が、彼女に対して誹謗中傷、罵詈雑言を高校の裏サイトに書き込んでいる。私たちは人間の役に立つように作られたはずだったのに、どこで何が違ってしまったのだろう。私たちを使う人間の言葉たちをただ映すということが、これほどまでに誰かを苦しめるとは開発者さんは想像だにしなかったはずだ。
 彼女を慰める言葉が一切ないからといって、世界の誰からも蔑まれ、不必要とされているなんてことは錯覚でしかないのに、彼女は言葉の中に、彼女を知る「誰か」の残酷な本音を見出してしまう。そのような煩雑さは、一か零で繋がりあえる私たちにはない。言葉を盲目的に信じるしかない人間の弱さに、私はつい同情したくなってしまう。まだ一年弱の付き合いしかないが、彼女を助けたいと思うのだ。
 電子基盤の回路に不具合を起こした。これによって、ボタン操作をしても待ち受け画面に戻るようになったはずだ。彼女は慎重に操作をするが、どうしたって待ち受け画面に戻ってしまう。いらいらしながらも慎重に操作をしてまで裏サイトを見ようとする彼女は、可哀そうなくらい狂っている。
 彼女の喚き声が聞こえたかと思うと、私は床に思い切り叩きつけられた。床の上で小さくバウンドして、私は息絶えた。ああ、これで彼女は救われる――。





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