クールビューティな彼女

如月 悠


「うっす。遊びに来たけど……、って寒っ!」

真夏日だというのに、そのドアを開けると冷気が俺に吹きつけた。

そういえばこの家の主が前に何か言っていたような……。

「おい、早くドアを閉めろ。パソコンが熱を持つだろ」
 凍えている俺に声が飛んできた。あー、そうだ。パソコンだパソコン。

後ろ手にドアを締めながら、俺はこの部屋の主、西村雪子の方を見た。
「今日は何をやってんの?」
 西村の背中越しにパソコンモニターを覗き込むと、何やら幻想的な世界で修道女っぽいキャラが魔法を飛ばしていた。
「最終幻想だ。十四」

その世界的に有名なゲームくらいは聞いたことがあった、だが今作は……、
「ああ……。あの残念と話題な……」
「残念とかいうな!」
 西村が俺の一言に反応し、振り向いたその時画面の修道女はゴツイモンスターに吹っ飛ばされていた。西村はすぐに画面に向き戻ったものの、時すでに遅し。西村は乱暴にキーボードで何やら打ち込むと、画面の電源を落とした。
「……。昼ごはんでも食べるか」
 ため息をついて、西村はキッチンに向かおうとした。どうせいつものようにレトルトで済ませる気だろう。
「西村、ちょっと待て」
「ん? なんだ」
 不思議そうな顔でこちらを向く。その表情に俺を責める感情はなかった。こういうさっぱりしているところがいいと思う。

「今日は俺が飯を作ってやろう」
 そう言って、持ってきた袋をかかげた。

 西村の部屋のキッチンは予想外に綺麗だった。いや、むしろそれは料理に無関心なせいか。
 今日は焼きそばでも作るか。俺は包丁を手に取ると、キャベツを刻む。

結局、西村は料理ができるまでにシャワーを浴びに行ったようだった。

さて、そろそろ気になってきているだろう。どうしてこんな事になったのか。思い返せば数ヶ月前に遡る。まぁ、たかだか数行で済む話だ。

 桜も眩しい四月中頃、俺は校舎裏でそれはそれは見目麗しい女性に愛の告白をした。いわゆる一目惚れというやつだ。彼女は無表情で俺の手を取り、走り着いた先は俺の部屋……の上の階にある彼女の部屋だった。そこは今よりひどい、パソコン周り以外ゴミ屋敷な部屋だった。
 そして今と同じように寒い。そんな部屋を見せながら、彼女は口を開いた。
「私は見かけによらずこんな人間だがいいか?」と。
 そこで、いいと言ってしまった男の末路がこれである。

「おまたせ」
 俺は両手に二人分の焼きそばを持ってこたつ机に座る。八月にもかかわらず弱ではいっているこたつの中に入り、二人で昼食をとる。
「ねぇ、いまさらだけどこの部屋寒くないの?」
「いや、慣れた」
 そう言う彼女は長袖に上着まで着た重装備。時折のぞく腕の先は四月と変わらず真っ白だった。
「西村って、名前の通り雪みたいに白いな」
 キャベツを口に運びながらそんな事をつぶやくと、彼女は袖をまくり自分の腕をまじまじと見つめる。
「講義に出る時は焼けないように気をつけていたし、休みはずっとここだからな……」
 彼女は喋りながらも食事を終えると、再びパソコンへ向かっていた。
 俺は、一人で彼女所有の本体で肉が焼けると噂のゲーム機を使い、核戦争後の世界を旅しながら、今後のことを考えていた。

「うっす。遊びに……、相変わらず寒いな」
 俺はそう言いながら、部屋に入る。今日彼女がやっているのはどうやら東欧で銃撃戦を繰り広げるゲームのようだった。
 ヘッドショット、とイカした外人ボイスが聞こえると同時に西村はこちらを向いた。成功したのかどこか嬉しそうだ。
「今日の昼ごはんは何だ?」

いつの間にか俺がこいつの昼食を作ってやることが普通になってしまったらしい。俺もこいつと一緒に飯が食えるということで、やぶさかではないのだが。
 俺は調理の用意をしながら、彼女に俺は紙袋を渡す。なにこれ、   と言いながら西村はあけ、それを取り出した。
「マフラー?」
 その季節はずれのものに驚いた様子だった。
「それ、やるよ」
 お前、なんだかんだ寒そうだからな。俺はそう付け足すと、
「わざわざ作ったのか。今こんなもの売ってないだろう?」
 と西村は聞く。俺は頷くと、西村は、
「こういうの、初めてもらった。ありがとう。大切にする」
 そう言って微笑んでくれた。彼女のこんな表情を久しぶりに見た気がする。まぁ……、頑張ったかいはあったということだ。

 夏休みの終わりに近づいたある日、俺は用事で昼過ぎに西村の家についた。
「とりあえず、お前の家は寒いな」

もう夏に部屋が寒いくらいでは動じなくなってしまった。
 今日はリアルタイム連動式領土取り合いゲームをしているらしい。ものすごい勢いでキーボードを叩いている。おそらく自国民への指示が忙しいのだろう。

マフラーをつけた彼女は、画面を見たまま一言だけ「遅い」と言った。
「悪い悪い。飯作るからとりあえずこれ食っとけ」
 俺は西村に紙袋を差し出した。
「お、唐揚げか」
 振り向き、紙袋を開けた彼女は口元を緩めた。
「好きなのか?」
「大好物だ」
 そう言って、素手で食べ始めていた。その間もモニターから全く視線は離れてなかったが。

そういえば、こいつの好物とか知らなかったな。

図らずも知れた西村の新たな情報を、俺は心に書き留めた。



 そんな怒涛の、といえるかわからないが、夏休みが終わり十月になった。
「今日は冷えるな」
 学校の構内を二人で歩きながら、西村は言った。
「お前、家に居た時とたいして装備変わらないじゃないか」
 俺が突っ込むと、西村はうるさい、とマフラーに顔をうずめた。
「そろそろクーラーもいらなくなるし、パソコンが暖房になるし、いい季節だ」
 なんて西村は言いながら、家路につこうとしていた。
「ちょっと待て。もし時間があるなら……」

「ん……?」
 言いかけた俺に西村は歩みを止める。
「今日、飯でも食いに行くか」
 久しぶりに二人でデートでも。と俺は続ける。
 彼女は口元に手を当て、しばらく考えると、
「いいだろう。ただし、食べに行くのは中華だからな」
 ニヤリ、と笑みを浮かべながら彼女はそう言った。
 

 なるほど。寒さがしのげるマフラーと、好物を提示して釣ることが出来れば西村とデートすることなどたやすいわけだ。

 前期はめったにしなかったデートに胸ふくらませながら、俺は歩き始める。

 



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