猫の居る我が家

女鳥羽川

犬や猫などの可愛らしいペットは我々小市民にとって幸福な生活の象徴である。私が日々にどこか不足している感覚を覚えるのも、彼らの不在が原因なのだろうか。私の生活は彼らによってより好いものになるだろうか。私は猫を飼うことにした。

我が家から車で三十分ほどのところに、巨大な猫量販店がある。私は車で向かった。

猫量販店の周辺や駐車場にはたくさんの野良猫が群れを成しているらしく、徒歩で猫量販店を訪れた間抜けどもは、ギャング猫の集団に襲撃され、身包みはがされて、最後には全身に無数の牙とつめを突きたてられ、みんな死んでしまうのだった。私は車に乗っていたので、比較的安全に思われたが、しかし、たとえ車に乗っていたとしても速度をすこしでも落とすと、猫どもはハリウッドのスタントマンのように車の上に飛び乗り、フロントガラスを割って、車内に侵入するので、気は抜けない。

そういった理由で、猫量販店の砂漠のように広大な駐車場はもはや駐車場としての体を成しておらず、ほとんど車は置かれていなかった。ぽつぽつと置かれていた車はことごとく猫どもによって破壊された哀れな廃車だった。

では、どこに車を置けばいいのだろう。どうやって、店内に入ろうか。

猫量販店の真の駐車場は店内にあった。入り口は戦争でもするのだろうかと思われるほどに厳めしい兵器たちに守られていて、さすがの猫たちといえども手を出せないようだった。私はアクセルをめいっぱい踏み込んだまま、入り口に突撃し、店内に入ることができた。

店内に入ると、すぐに買い物かごとカートを渡された。気に入った猫をかごに放り込んでレジまで持っていくというシステムのようだ。星の数ほどの猫がいた。どこまで歩を進めても、猫たちは私を恭しく迎えた。私はこれだけいるのだから、すぐに何匹か気に入るだろうと初めのうちは楽観していた。しかし、木々についている個々の葉の差異がざっと見ただけでは認識できないように、どの猫も全て同じに見えるようになり、さらにはレジと入り口と出口の方向もわからなくなり、私は砂漠をあてどもなく彷徨っている気分になった。歩き続けて、手足の感覚が無くなった。それから、さらに幾らかの時間が過ぎて、私はようやくレジを見つけた。疲れ果てた私はレジを見て、無意識的に、何か義務感のようなもので突き動かされ、一匹の猫を乱暴に掴みあげると、かごの中に叩き込んだ。そして、レジまで辿り着くと、レジ員は猫のバーコードを読み取り、ビニール袋へつめた。私は対価を支払って、ビニール袋を受け取り、車に乗り、無事に帰宅した。ひどく疲れていたから、食事もとらずに眠った。

次の日は遅く昼ごろに目が覚めた。私は適当な昼食を食べ終えると、猫を肉きり包丁で二、三十の部分に断って分け、骨はハンマーで砕いて、大きめのミキサーにかけた。用途外の物を入れられたからか、ミキサーからは耳障りな音がしていたが、私はその前を離れず、ろくろを回している時の

ように、ミキサーに意識を集中させていた。

やがて、「猫」が完成した。「猫」は全体に黒い色をしていた。きっと、骨などは血液に赤黒く染められてしまったのだなと私は考えた。床に青いビニールシートを敷いて、ミキサーの中身をすべてぶちまけた。ミキサーの内側面と刃の腹に肉がこびりついていた。私はそれらを丁寧にとった。「猫」はピクリとも動かなかったが、私が「君は猫であって、名前はたまである」と名をつけると、んぢやああぁん、と何か鳴き声のようなものを何処かから発して、ずりずりと動き始めた。「猫」は活発に動き回り、時々、部屋の中を飛ぶハエに向かって、ジャンプし、着地の際にぐちゃりと雑音をたてた。食い物をやるとたちどころに吸収して、恥ずかしげに排泄する。

「猫」は賢くて、私の言うことをよく聞いてくれたが、その通った床やカーペットが汚れるので、私の家はすぐにドロドロに、ポロックの絵画のようになってしまった。もっと、よく水気を切っておくべきだったと後悔した。それは「猫」に関して、私が唯一、後悔したことだった。

そういった訳で、私は一匹の「猫」を飼っている。私は「猫」を抱き上げて、深く息を吸いこんだ。きっと、私の日々はもっと善くなっていく。そう予感させる幸福の匂いがした。