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実際
大町星雨
「宇宙飛行士ほど夢と現実のギャップが大きいものはないな」
 そう言いながら、俺は冷蔵室の扉に手をかけようとして、やめた。まだ帰還まで五年もあるのだ。気まぐれに飲料を消費していたら後で後悔する。
「ほらよ」
 相方がグラスに水を注いで差し出してきた。彼の唇がからかうように吊りあがる。
「百%再利用。環境にいいことだぜ」
「言うんじゃねえよ」
 俺はいらつきを抑えようとしながらグラスを受け取った。口をつけようとして、一瞬ためらう。宇宙船の水は人が摂取し排出し、それを機械がろ過して再びグラスに注がれる。何年もの訓練で慣れてきたはずなのに、何だって今日はこんなに気になるんだ。
「自分だって子どもの頃は夢みる少年だったのに、現実は男二人で往復八年缶詰だ、ってか」
 相方の眉が上がった。唇は笑っているが、目はあまり楽しそうではなかった。そのまま俺の今の目を映し出されているような気がして、俺は相方の顔から目をそらした。水を少し口に含む。微かな金属臭がした。
 背中に相方の視線を感じた。しかもそれで話しかけてくるでもなく、視線の矢だけが船内服を突き抜け、背中に痛みを走らせる。
 俺はグラスを持ったまま立ち上がると、一人操縦室に向かった。椅子に乱暴に腰掛けると、ふんぞり返った姿勢で指令画面を見た。三年間毎日見て、見慣れて、見飽きた表示だ。日に二度位置と船内状況が送信され、小惑星到着までの日付がじりじりと減っていく。船内にはゲームも運動用具もあったが、すでに目新しさを失っていた。
 あと一年すれば小惑星帯での作業に入れる。そう思って自分を慰めようとしたが、どうせその後また四年間の帰路だ。俺は吐き気がした。これはこの水のせいだ。きっとそうだとも。
 立ち上がろうとした時、ちょうど相方が入ってきた。もうこいつと俺以外の顔など思い出せない。顔を見ているだけでムシャクシャしてきて、手元のグラスをその顔に投げつけた。あいつは間一髪で避けた。グラスが壁に当たって、耳障りな音を立てて砕け散った。あいつの顔が赤みを帯び、目が吊りあがる。だがそんなこと知るか。
 俺は足早に操縦室を出ると、冷蔵室の扉を勢い良く開け、ビンを一つ手に取った。手でこじ開けようとして、手に痛みを感じた所で、王冠の存在を思い出した。そうだ、栓抜きがいる。どこにやったか。
 俺がビンを片手に探し回っていると、不意に肩をつかまれた。振り返った所で顔をなぐられる。仰向けになった俺は、ビンを放り出して獣のように吠えた。かすむ目で相手を捉えて回し蹴りを叩きこんだ――。
「三年二カ月四日か。予測より三カ月ももったか。しかし実用にはほど遠い」
 地球の、ある研究室。スクリーンに映し出されている二人の飛行士の殴り合いを、二人の科学者が冷静な目で見ていた。否、飛行士の基準に満たず、『実験室』に入れられ、自分達は宇宙にいるのだと思い込んでいる二人を、だ。
「実際に到達するには、強靭な精神力を持つ宇宙飛行士か、さらに速いエンジンの開発。しかし人間には限界があるな」
「もう彼らにネタばらしをしてやるか?」
 一人の問いに、もう一人が首を振った。
「いや、もう少し様子を見ても悪くないだろう」
 スクリーンでは二体の生き物が、血を流しながら闘っていた。







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