みっつとひとつのはなし

佐藤吹雪

 

一、「小鳥と歌と鈴のはなし」

海辺の街で働いていた彼女は、「小鳥の首に鈴をつける」というような変な歌を勝手に作って、少し掠れた声で彼に歌ってくれた。彼の首にも鈴がついていたから、彼はてっきり自分も小鳥なのかと思って彼女に尋ねると、彼女は笑って「あんたは猫だよ」と言う。それで彼は、自分がいったい何なのか分からなくなって、困ったすえに、今は人間として生きている。

 

二、「ノイズとシャボン玉と名前のはなし」

ある日ラジオから流れるノイズ交じりのシャボン玉の歌を聴いていると、急に自分の名前を忘れてしまった。思い出せるかと毎日シャボンを吹くうちその一つが固まって地球になったから、地球儀にして売ることにした。買い手の男に名前を忘れてしまったと話したら、彼はすうっと目を細めて、「……あなたの名前は猫ですよ」。

 

三、「竜胆とレンズと地球儀のはなし」

祖父から貰った古い地球儀を回して、つと指を立てた。人差し指が指す太平洋の深い青の中に、何やら小さな点があって、そこへ拡大鏡のレンズを向けると一輪の竜胆が咲いている。それは恐らく地球儀に満ちた海水で育ったのだろう、珍しい事もあると思い放っておいたら、翌朝地球儀は竜胆畑になっていた。

 

四、「外套と爪先と親愛のはなし」

太平洋の本当の色を知りたくなった絵描きは、海沿いの街へ旅をした。海辺では娘が一人、うち寄せる波を爪先で蹴飛ばしていた。あまり寒そうだから絵描きが外套を貸してやると、娘は「それよりも親愛なる暖かい猫が欲しいわ」と笑うので、次の朝彼女の元には小さな猫がやって来た。絵描きは外套だけ残して、どこかへ消えてしまっていた。





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