山鍋さんは笑ってる

                    下柳五郎

 空から金髪でツインテールでツンデレで軍服で日本のサブカルチャーにやけに詳しい美少女が降ってきて、その子と一緒にロボットに乗って戦うという俺の願望を書いた小説を山鍋に読ませたら、頭をげんこつで殴られた。

 痛い。とても痛い。涙が出るぐらい痛い。涙を出しても良かったけれど、高校生だからそこは我慢した。さすがにそれは我慢しなければいけない気がした。

「何をするんだ」

「殴ったのよ」

「そんなことはわかる。何故殴ったんだ」

「むかついたから」

 平然と山鍋蛍子は言った。ううむ。やっぱり暴力的、暴力的なのはいかんと思う。暴力は意志を伝えるものとしては不適当だ。やっぱり言葉で話さんといけないんじゃないかなと俺は思う。

「な・ん・で。あたしにこんなん読ませるわけ? あたしが好きなのはハードボイルドなの。フィリップ・マーロウとかリュウ・アーチャーみたいな男が孤独に街を歩いたり、矢作俊彦とか大沢在昌とか原ォがマイ・ベスト・ライターなわけ。わかる? それが何でぴっちぴちの痴女みたいな服着たツインテールの女の子が乗るロボットもの読まなきゃいけないのよ? ええ! 何でよ!」

「……好き嫌いはいけないと思うなあ、俺は」

「絞め殺すわよ」

 と言って山鍋は首を絞めるポーズをした。ハードボイルド大好き女子高生に首絞めを予告されるというのはあまりない機会だろう。嬉しくないけど。

「うるさいなあ。俺だってお前の読んだんだからお互い様だろ。そんなこと言ったらお前のだって欲望ダダ漏れじゃないか。こーんなスーパーマンみたいなおっさんいるわけねえだろ。何でこんな奴が閑職に追い込まれてんだよ」

「何言ってんの。非道卑劣な上層部に対して立ち向かったのよ。閑職にならざるを得なかったの。信念によってそうしたのよ。信念によって。己の誇りよ誇り。もうあんたとは月とすっぽんね。あーいいわ。このおっさんいいわぁ」

「しかもこのヒロイン、お前モデルだろ。止めろよ自分の欲望反映させるの」

「何も聞こえないわ。中二病全開主人公の誰かさんの小説よりはましでしょ」

 俺たちは睨みあった。何故こいつが文芸部なのだ。もっともあっちだってそう思っているだろうが、くそ嫌になってしまう。

「はい、はい、はい。二人ともそこら辺でストップね。作品についての意見ならともかく、人格攻撃はよくないよ。あとうるさいから集中できない」

 と部長が言った。

 俺と山鍋は「すいません」と声を合わした。部長を怒らせるのはまずい。

「まあ、殴ったのは謝るけど、あんたこれ誤字多いわよ。気を付けてね」

「ああ、うん、はい。お前のは構成は旨かったわ」

 死んだような目で俺たち二人は言った。もちろんお互い腹の中は真っ黒だが、まあそこは部長も見逃してくれるだろう。

 皿洗市立北皿洗高校文芸部の部員は俺と部長と山鍋の三人だけだ。幽霊部員を数えたらもっといるだろうが、幽霊を数えたところでしょうがない。俺はSFとか伝奇とかのラノベ系統、部長は純文学、山鍋はハードボイルドを書いている。部長が三年で、俺と山鍋が一年だ。今年で廃部になる予定だったのが、俺と山鍋が入ったことで存続することになった。

 年に三冊部誌を発行している。フリーペーパーで読む奴なんて皆無に等しいけど、部誌に自分のペンネームが載ったときは少しうれしかった。創作活動は思っていたより充実感がある。

 最初、俺は文芸部に入る気なんてなかった。何か地味だなあと思っていたのだ。運動系の部活に入って、バラ色の高校生活を送る気満々だったのだが、小、中が一緒だった山鍋に誘われて、(半ば強制的に)入った。まあ入る要因はあった。部長だ

 我らが文芸部の部長はかわいい。うん。ディス・イズ・カワイイ。見るからに文学少女という感じだ。少し茶色がかったおさげの髪形。ぱっちりとした二重瞼。整った顔立ち。低身長。赤い髪留め。すこし性格がきつい所もまたいい。最高だ。俺のハートにキューピットが矢をザクザクと刺しまくったのだ。

 何? 部長の容姿だけを目当てに入ったのか? そうだよ。何か文句あるのか。人は基本的に外見で人を判断しているんだ。中身で人を見ている奴なんていやしない。そうだ。そのはずだ。だから俺は間違っていない。

「間違っているわよ。あんた間違っているわよー。大きく振りかぶって間違えているわね」

 と山鍋が言った。

 くっ。うるさい。人の考えを読まないでいただきたい。プライベートな事なんだから。山鍋は俺の部長への感情を知っている。というか部長が俺のタイプにぴったり当てはまっていることを知っていたから文芸部に誘ったのだろう。性格が悪いにもほどがある。

 俺と山鍋の登下校の道は一緒だ。あまりうれしくない。しかし同じクラスの女子に餓えた奴にこのことを言うと、「お前の状況は死ぬほどうらやましいから死んで詫びろ」と言われた。よく意味が分からない。あいつらは女に夢を見過ぎているのだ。山鍋の家は少林寺拳法の道場で、俺は子供のころからこいつに殴られているんだぞ。それのどこがうらやましいんだ畜生。

「というかあんたの部長に対する感情は恋心ではなくて、ただの欲望よね。犯罪者だわ。そうよ性犯罪者だわ。さっさと警察にさばいてもらった方がいいわよね。警察に電話しなくちゃ」と言って山鍋は携帯電話を手に持った。

「ふざけたことすんなよ。俺はちゃんと恋している。ちゃんと部長の内面も見てる」

「ちゃんと恋をしているってすごい台詞ね。そんなこと言ってもあんた外見しか見てないじゃん。あんた部長の作品の内容理解できるの?」

「うっ」

 そこを突かれると痛い。

「ほぉら。理解してないんじゃん。ちゃんと読解してないんじゃん。ダメダメじゃーん」

 クソ。こいつが女じゃなかったらぼっこぼこにしてやるのに。

「あたしがもし男だったら、あたしはもっとあんたをぼっこぼこにするからね」

 と言って山鍋は笑った。だから心を読まないでほしい。

 だってしょうがないじゃないかと思う。部長の作品といったら、ミミズの恋愛とか、衛星についての考察とか、アインシュタインの甥がアインシュタインをどう思っていたかとかだぜ。全然わかんないんだよ。文体も抽象的すぎて、何が書いてあるかさっぱりわからないし、俺はもっとズバーンとかシュビーンとかで表現できるような奴が好きなんだ。

「まぁ、夢を見ない事ね」と言って山鍋は高笑いしながら去って行った。

 なんであいつはあんなに自信がある笑い方ができるのだろう。謎だ。

 今日はラッキーデイだ。間違いなく、ラッキーデイだ。ラッキーデイとは幸運な一日のことだ。今の俺は幸せを感じている。そんな日がラッキーデイじゃないわけがない。いやっほおおおおう。

 部室。俺と部長の二人だけ。山鍋はいない。何故かは知らない。あいつの不在の理由なんてどうでもいい。ここだ。ここで何か話題を出して、喋るのだ。接点を作るんだ。お近づきになるんだ。そして部長を彼女にして、幸せなカップルになって子供を作って、頑張って子育てして、幸せな老後を過ごし、同じ墓の中に入るんだ。

 十五分後。

 パソコンのキーボードをたたく音。シャーペンで文字を書く音。本のページをめくる音が聞える。それらの音だけが聞える。会話の声は聞こえない。

俺の背中を汗が滑る。何も思いつかない。話題が何も思い浮かばない。何故だ? 所詮俺はこの程度の男なのだろうか。伝奇とSFを愛する男は純文学を愛する女には近づけないのか? 否。そんなことはない。そんなことはないはずだ。

「大丈夫?」と部長が言った。

 俺は緊張した。頭がうまく働かなかった。まさか彼女の方から声をかけてもらえるなんて思っていなかったのだ。何がだろう? 俺と彼女の未来設計図のことだろうか。俺の人生のことだろうか? 俺の人格のことだろうか? 今後の日本経済のことだろうか? 政治のことだろうか? 何が大丈夫なのか俺には何にも分からない。

「はあ」

とりあえず言葉を発した。

「顔色悪いし、汗かいているけど、風邪なの?」

「いえ、風邪じゃないです。大丈夫です」

 あなたとどうやって話すかを考えすぎて、頭がショートしているだけです。

「そう、ならいいけど」

 会話が終わった。

 部長と会話をしたことを喜ぶべきか、会話が早く終わったことを悔やむべきか。決まっている。部長と会話をしたことを喜ぶべきだ。これが会話と呼べるならばの話だが。まあそんなことはどうでもいい。俺はこれで満足した。

「こんなんで付き合えるわけないじゃない。妄想もいいかげんにしなさいよ」

 という山鍋の声が聞えたような気がしたが、これこそ妄想だ。今日はこれで満足しとこう。俺は笑顔にならないように気を付けた。一人でニヤニヤしていたら部長に気持ち悪いと思われてしまう。それだけはいけない。

「ごめんね」と部長が言った。

 ? 何のことだろう。まさか俺に言っているんじゃないだろうな。俺は部長に謝られるようなことなんて何もされてないぞ。まさかこれはフラれているんだろうか。告白もしてないのに。俺の感情に気づいて先読みされたんだろうか。だとしたら最悪だ。今日はアンラッキーデイだ。

「何がですか?」

 覚悟を決めねばならない。

「つまんないでしょ。文芸部なんて」

 へ? ああ、そっちか。よかったぁ。先読みされてなくて。

「いえいえ。全然そんなことないっすよ。山鍋はむかつきますけど、あいつとは付き合い長いんで対処法知ってますし。楽しいっす」

 あとあなたがいるしね。楽しいっすよ。最高っすよ。いやっほう。

「そう? 去年はもっと和気あいあいとしてたんだけどね。私、あんま盛り上げるの上手くないし、陽気じゃないし、教えるのも下手でしょ。書いている内容もよくわかんないしさ」

「いやいやいや。そんなことないっすよ」

 書いている内容がよく分かんないのは事実だけどね。

「本当に?」

「本当です」

 少なくとも楽しいのは本当だ。俺はつまらないと思ったことはない。入ったことを後悔はしてない。山鍋はむかつくけど、部長は素晴らしいし、結構創作活動も楽しい。

「ありがとうね。本当に。ありがとう」

 ……何か変にシリアスだ。どうしたんだろう? よく考えると唐突に謝られたのも不自然といえば不自然だ。

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」

 そう言ってから、部長は軽く笑った。

 どう見ても何かを隠したような笑いだった。悩み事を持っている笑いだった。

 彼女は悩んでいるのに、俺はそれを聞けなかった。勇気がないから聞けなかった。その後部長は黙ってしまい、俺は話題を何も思いつけず、その日の会話は終わった。

「ずばり男ね」

 と山鍋は言った。あれから三日後の下校途中に、部長のことを話したらこう言ったのだ。

 ずばり男? はっはっは。そんなバカな。ありえない。シリアスな理由が男?

そんなわけはない。あの部長に限ってそんなバカな。馬鹿な。馬鹿なぁ。

「男に決まっているわ。女がシリアスになる理由なんて金か男か子供しかないわ。部長はもうきっと妊娠してしまっているのよ。それで高校中退ね。間違いないわ。彼氏はやのつく自営業ね。そして部長は、夫が死んでしまい、謎多き未亡人になるのよ。ああ素敵」

「何が素敵だ。勝手に部長を未亡人にするな。ハードボイルド中毒者」

「未亡人ほどドラマが起きやすい言葉はないのよ。まあ冗談はさておき、たぶんね。悩んでるんだと思うわよ」

「何にだよ?」

「そんなこと自分で考えなさいよ。人に頼ってたら彼女なんてできないわよ」

 うう。正論だ。

「まあ、ヒントを一つあげましょうか?」と山鍋は言った。にやにやし、手を出しながら。

 俺は嫌な予感がした。

「何だよその手は?」

「千円払ってくれれば教えてあげる」

「金をとるのかよ?」

「親しき仲にも礼儀ありよ。あんたも私も資本主義の犬なのよ。しょうがないじゃない」

 どう考えても親しき仲にも礼儀ありの使い方が間違っているが、俺は泣く泣く千円札を出した。こいつに金を渡すのは惜しい。しかし今はこれしか手がないのだ。だったらくれてやるしかないではないか。

「ありがとね。まっ多分部長の悩みは人間関係じゃないわね」

「はあ? それだけかよ」

「何言ってんの結構大きいヒントじゃない。あんた馬鹿だから大サービスしてあげたのよ」

 人間関係じゃない。ということは。ふむ。

 今日も山鍋はいない。理由は分からない。もしかしてあいつは俺に気を配ってくれているんだろうか。そうだとしたら、ありがたい。あいつの為にも、俺は部長の悩みを言葉で解決してあげなければならない。

 タイピングの音、ページをめくる音、字を書きつける音。俺はこの部室にあふれる音が好きだ。その音を聞いて集中して、

「部長」と俺は言った。

「何?」と部長。少しびっくりしたような顔をしている。まあ俺が話しかけることなんてめったにないしな。しょうがないか。

「何か悩み事あるんじゃないっすか?」

「え、いや、ないよ」

 目をそらした。嘘だ。嘘だと信じるしかない。そうじゃなかったら俺がピエロ過ぎる。

「嘘です」 

「嘘じゃないって」

「何の悩みかあててあげましょうか?」

「何を言ってるか意味わかんないよ」

「創作活動の悩みでしょう」

 部長が目を開いた。俺は笑った。たぶんビンゴだ。

 人間関係の悩みじゃないってことは、自分自身の悩みだ。文芸部の部長がもつ自分自身の悩みなんて一つしかないじゃないか。創作活動の悩みだ。廃部寸前の文芸部に残ってまでこの人は創作活動を続けている。この人にとってこれが全てなんだ。俺にとってこの人が大事なのと似ている。

「悩んでいるなら、相談してください。俺馬鹿だけど、話を聞くことぐらいはできます」
「蛍子ちゃんね?」

 そう言って部長は俺を軽く睨みつけた。げっ。ばれてる。

「え、いやあちがいますよ。山鍋はこの件とは何も関係ないです」

「まあ、いいけど、はあ。うん。正直言ってね。私、文芸部辞めようかなって少し考えてたんだ」

 と言って部長はため息を漏らした。

 え? そこまで考えてたのか? ええええ。

「書くことの意味、みたいのがみつかんなくなっちゃってさ。誰のために書いているのか、わかんなくなっちゃったんだ。書いてても楽しくないし」

「でも」

 俺は部長からいろいろ教わった。それは無意味じゃない。そう言いたかった。

「でもね。新入生の君と蛍子ちゃんがいたから辞められなかった。無責任だし、私が辞めたら部としてやっていけないだろうし、ああちがう。こうじゃないな。

君と蛍子ちゃんは関係ないんだ。うん。これは私自身の問題なんだよ」

「はあ」

「私が書き続けられるかどうかの問題なんだ。何をやっても満足が出来ない。いつまでたっても自分の中の目標に達成できない。何故書いているのかが分からない。読まれない本に意味なんてないと思うんだよ。だからね。辞めようかどうか迷ったの。でも辞めたところで、私が諦められるかといったらそういう訳じゃない。伝えたいことがあるからさ」

 数秒間の沈黙。

 部長の話は支離滅裂だ。何に迷っているのか、何に悩んでいるのか。具体的には分からない。多分、部長自身が分かっていないのだろう。だから迷っている。変にシリアスになっている。でも、俺はそれを解決しなければいけない。どうやって? 決まっている。もちろん。言葉でだ。だって俺は文芸部なのだから。

「ごめんね。わけわかんない話しちゃって」

 と部長は言った。前みたいに軽く笑いながら。今度は何かを隠してはいないけれど、疲れてはいる。俺はこの疲れをなんとかしなくてはならない。

「……あの」

「ん?」

「俺は部長が何でそう考えたか分からないっすけど、とりあえず書いた方がいいと思いますよ」

 この言葉は部長に対しては失礼だろう。部長は考えた末に、今のこういう状態になっているんだから。でも俺は言う。無責任だけど言う。

「でもさ、私の書く話って意味わかんないじゃん。ミミズの恋愛とか衛星とかさ。そんなの書いたって、読者に伝わっている気がしないんだよね。だったら書き続ける意味なんかないと思う」

「確かに、部長の話は意味わかんないです。俺は全部理解できている気がしません」

 こういう時、モテるやつはもっと言葉をオブラートに包めるんだろうな。でも俺は俺なんだからしょうがない。

「……そうでしょ」

「でもたまに読んでて心にぐっとくるものがあります。部長が伝えたかったものの一部は、間違いなく俺の心に伝わっています。書き続ける意味がないなんてことはないです。理解できなくても伝わるものはあります。信じてください。意味が分かんなくたって、意味がないなんてことはないんです」

「本当?」

 そう言う部長は俺の言葉を疑っていた。まあ信用されなくて当然だ。創作活動をしている人間にとって、言葉ほど信用できないものはないだろう。でも信じてもらわなくては困る。俺にとっても、部長にとっても。

「書き続けてください。俺は部長が書いた話を全部読みます。部長が卒業してからだって読みます。意味が分かんなくたって読みます。俺はあなたの書いた小説の読者になります。だって俺はあなたのファンですから。絶対読みます。だから悩まないでください。辞めないでください。書き続けてください。お願いします」

 そう言って俺は頭を下げた。頭を下げたのは言ってて、恥ずかしくなって、顔が赤くなったからだ。こんな顔を見られたくない。

「頭、あげて。お願いしますなんて言わなくていいよ」

「はあ」

 そう言って俺は頭を上げた。部長は微笑んでいた。軽い、何かを抱えた笑顔でもなければ、疲れた笑顔でもない。ただ純粋に微笑んでいた。

 綺麗だと俺は思った。

「ありがとう」と部長が言った。

「ありがとう」と俺は言った。次の日の帰り道で。

「何よ、気持ち悪いわね」と山鍋は言った。

 ……人の誠意ある感謝を気持ち悪いって。どういう神経しているんだこいつは。まあいい。こいつのおかげで俺は部長の悩みを解消できたんだ。あとはもういやっほうだ。意味わからんけど。とにかく終わりよければすべてよしだ。

「うちの野球部、今年甲子園行くかもしれないって話知ってる? あんた」

「しらね」

 俺には関係ない話だ。野球部には知り合いはいるっちゃいるが、まあそいつは一年だし。試合には出させてもらえないだろう。もし行ったら甲子園の砂を触らせてもらおうかな。まさか優勝はしないだろう。そんな間の抜けた状態だった。次の山鍋の言葉を聞くまでは。

「で野球部のキャプテンが部長の幼馴染なんだって」

 へ?

「あ、やっぱり知らなかったんだ。けっこうイケメンよ」

 ふ、ふうん。野球部のキャプテンが幼馴染なのかぁ。へえすごいな部長。ま、まあ大丈夫だろう。野球部のキャプテンなんて彼女作り放題だしな。幼馴染だから仲良くなるとは限らないじゃないか。俺と山鍋みたいかもしれない。

「いつも二人一緒にならんで帰っているってさあ。部長にたまたま聞いちゃったのよね」

 キューピッドが俺の胸をハンマーでぶん殴っている気がする。ぶ、部長が自分から言ったのか。だったらそれはもう……。

「お、お前。部長は人間関係に悩みがないとか言ってたじゃないか」

「何言ってんの彼氏がいないとは一言も言ってないわよ私。まあまだ彼氏じゃないけど。甲子園に行ったらもうほぼゴールインじゃない?」

「ま、まだ彼氏じゃないんだろう。だったらまだ俺にもチャンスがある」

「そうねー。幼馴染の野球部のキャプテンと大して親しくもない文芸部の後輩の両方にまだチャンスはあるわねー。仲の良さが月とすっぽんだけど」

 うう。胸が痛い。最悪だ。

「まあ、ハードボイルドに頑張ってチャンスを生かしなさい。私はそれを見物させてもらうわ」

 そう言って山鍋は高笑いをした。俺は呻いた。

 ハードボイルドなんて大嫌いだ。