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祭りの前に

師走ハツヒト


「別にあたしらこんな事やらんでもよくね?」

 作りたての造花を箱に放り込んで、あいなが口をとがらせた。

「ほら手ぇ止めない。さっさとやらなきゃ帰れないよ」

「でもブンちゃん、こんな事さぁ何の意味があんのよ」

 ブンちゃんと呼ばれた眼鏡の少女はピンクの薄紙が詰まった袋に手を伸ばす。

「チカー、そっちはなんか楽しそうだねー」

 黙って作業を続けるブンちゃんの反応を待つのを諦めて、あいなは黒板に一生懸命チョークを塗りつけているチカに話を振った。
チカが振り返って答える。

「んーまぁそれなりに?でもね、こっち終わったらそっち手伝うから」

 言い終わったチカが再び黒板に向き直った。

 あいな1人が手を止めている中、3−Cの教室内にいる2−Cの生徒達は「だるーい」「面倒くさーい」とか言いながらもわいわい作業している。

「やだぁ、あたしも教室の飾り付けの方入りたかったぁ」

 教室前後の黒板を見渡して、ぶーたれ屋のあいなが眉を寄せる。
物好きな先生が集めた色とりどりのチョークを惜しげもなく使って、黒板は賑々しくフルカラーに仕上げられていた。
 『卒業おめでとうございます』という文字も、もう赤の橙抜きの黄枠の緑縁取りの青と白のしましま字、茶と紫の交互影付けとかそんな始末だ。

「そうは言ってもあんた、ジャンケン負けたんでしょ」

 ブンちゃんはいつもあいなのなだめ役だ。彼女は口を動かしつつも薄紙を60枚めくり蛇腹にたたみ中央を輪ゴムで留めて一枚一枚持ち上げて広げるという作業の手は止めない。


「そうだけどさー。ねぇブンちゃん、なんで毎年2年生みんなで千個も花作んの?3年生百人しかいないのに、マジありえなくね?」

「何あんた知らないの?」

 60枚束ねのピンクの薄紙をあいなに渡しながらブンちゃんは少し目を見開いた。
 あいなは受け取りはしたものの手の上でいじりながら首を傾げる。

「知らないって何が?この花何か凄い事にでも使ってんの?」

「そーだそれわたしも気になってたの。聞きたぁい」

 チカがチョークをついに手放してあいなの隣に座った。
 とてもなめらかにチカにも紙束を渡しつつ、ブンちゃんが口を開いた。


「中庭にすごい大木あるでしょ。見たことあるって単位じゃないくらいド真ん中に」

「あーうんあれねー」

 チカもあいなもうなずいた。コの字型になった校舎は中央に中庭を備え、その中心には丸い花壇があった。花壇は一抱えもありそうな大きな木を囲むようにして四季折々の花を咲かせていたが、その木自身は夏に葉をつける事もなく、秋に実をつける事もなかった。
 つまり枯れているのだ。

「あれ何の木なの?枯れてるから早く切っちゃえばいーのに」

 あいなは指をチョキにして切る真似をした。枯れてるなら新しい木を植えろと言いたいらしい。

「あれ、桜の木なのよ」

「えー!?」

 ブンちゃんの言葉に2人が驚きの声を上げる。

「だって、桜咲いてないでしょ?何でわかるの」

「木肌見ればすぐよ。この花は」

 ブンちゃんは出来上がった桃色の花を持ちあげつつチカに返した。

「その枯れた花につけるのよ
 これは私の母の話なんだけど…」



「切ってしまうんですか、この桜」

「ああ、もう枯れてしまったからね。名残惜しいかね、あやさん」

 あやと呼ばれた眼鏡の少女は、目の前の大木を見上げた。光沢のある渋い臙脂の樹皮は桜のそれだったが、もう蕾の気配を覗かせてもいい季節なのにも関わらず、寒々しい裸の枝のままだった。

「はい、とても。幼い頃は、春になるとよくこの桜を見に来ましたから。
 私もこの桜に見守られて卒業するものと思っていましたが……」

 そう言って目を伏せた。
 傍らに立つ初老の男は、古くひび割れた幹に触れながら語りかけた。

「残念ながら、あやさんが入学した頃には、既に枯れていたね。
 この桜は、この学校が建った時に記念に植えられたものなのだよ。
四季それぞれを、青々と茂る葉や色鮮やかな紅葉、そして美しい花で優しく見守ってくれていたのを覚えている。
 私がこの学校の学生だった頃は、それはもう見事な花を咲かせていたものだ」

「えっ、校長先生の?それはもう、随分昔の事では」

「そうなるね。校舎が改装されて新しいから、いつもはあまり気付かないが、この学校ももうすぐ百周年になる。桜の寿命はそれほど長くなくてね、君が入学した頃にはもう、この学校と共に歩めなくなってしまっていたようだ。思い出の残る木だから勿体ないのだが……卒業式に桜が咲かないのでは寂しいだろう。
もうそろそろ、この木は切ってしまおうと思う」

それを聞いて、あやははっと顔を上げた。

「切るなんて勿体無いですよ!先生の青春を見守ってきた大事な木なんでしょう?」

「いくら私にとって大事な木でも、学校は先生のものではない、生徒のものだ。満開の桜で送り出す生徒達の事を思えば、私の思い出など自分の心の中にあるだけでいい」

「そんな!」

 あやは激しく首を振った。

「うちの生徒はみんな校長先生が大好きですから、今の話を聞いたらみんなこの桜を残すのに賛成してくれると思いますよ!枯れてたって、そこにあるだけで確かに昔と今を繋いでくれる、宝物じゃありませんか」

「そうかも知れない。しかし、桜の無い卒業式は、寂しいだろう?」

「それは、そうですが……でも……」

 口を噤んで俯いたあやの肩に、校長は手を置いた。
 その拍子に、あやは再び顔を上げた。

「そうだ!花が咲かないなら、私達で作ればいいんです!手作りの花をこの木に咲かせて、それで送り出せば!その方がきっと、普通に咲く桜よりずっと送る気持ちが伝わると思うんです」

 今度は校長がはっとする番だった。

「私、副会長や書記や他の生徒会のみんなに声をかけて、在校生みんなで花を作る計画を立てます。生徒のみんなを説得してみせます。生徒会長として頑張ります!」

 こうしちゃいられないわ、と零して、校長に一礼し足早にあやは立ち去った。校長はそんなあやを温かく見つめながら、目の端に涙を滲ませて「ありがとう」と呟いたという。

 その年から、賛同してくれた生徒や近所に住む卒業生の協力で、毎年千個の花を作って飾るのがこの学校の伝統になった。



 花びらを一枚一枚広げながらブンちゃんが語り終えた時には、チカもあいなも神妙な顔つきになっていた。

「あたし、やる」

 あいなは今まで手慰みにしていた花をしっかりと持った。

「中庭、卒業式の日に行った事なかったから知らなかったけど、そんなお話があったなんて……。それならあたし、この学校の大事な伝統を守る為に頑張る!」

 俄然花をめくり始めたあいなと、それを見て一緒にやりはじめたチカを見て、ブンちゃんは少しだけ満足したようにうなずいた。

「まぁ、卒業式も行事だから。文化祭とか体育祭と同じようにね。要するにお祭りよ。楽しんでやりましょう。楽しくやったもん勝ちなんだから」

「うん!」

 三人は気合を入れて花を作り始めた。



「って、何で花咲いてないのよー!?」

「嘘に決まってるでしょ。花は全部校内の飾り付け用、枯れ木は単に切り倒す費用が出ないだけよ」

 卒業式当日の中庭に、「だ・ま・さ・れ・たああああああ!!」という悲痛な叫びが響き渡ったが、まぁ後の祭りである。




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