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祭りの夜と愁麗な妖異

師走ハツヒト


 あたしは妖異である。特徴はその美しさだ。ニンゲンが呼ぶ、妖異としての名はない。知らない。わざわざ太陽や星や月でない明かりの下に這い出て、確かめる気もない。そもそもあたし以外に同じ類の物がいるのかを知らない。あたし自身の名は、しゅうえという。遠い昔に誰かから授かったはずなのだが、いつ誰にもらったのかは忘れてしまった。

 あたしは美しい。それは長所ではなく特徴だ。他のモノの目に、圧倒的な美しさという印象を与える、そういった性質の妖異であるらしい。自分の姿は見られないが、他のモノに訊いた所、それは見るモノによってそれぞれ違って見えるそうだ。

 花開く力や実の熟す力を少しずつ奪って、あたしがそれを糧として生きながらえている内に、ニンゲンはその縄張りをどんどん広げていった。妖異達はそれに合わせ、いずこかへ去ったり、消えたり、時に狩られたりしながら、その数を適切に合わせて行った。中には、ニンゲンに化けたり似せたりして、ニンゲンの中に入って行ったものもいる。あたしの友人の中にもそれはいて、時々あたしに会いに来ては、ニンゲンの世界の話をしていく。

「最近ねぇ、ニンゲン達の間では妖怪が流行っているのよ」

 そう言ったろくろ首は、ニンゲンの世界では『よく転職してよくバードウォッチングに遠くの山へ出かける、いつまでも老けない美人の六根久美子さん』として通っているらしい。

「マンガとかゲームとかでね。あぁしゅうえには分かんないか、ええと、ほら昔ニンゲンがあの一反木綿みたいな白くて薄い木の繊維に、そうそう紙って奴、まぁ紙くらいは流石に知ってたか。あれに私達を一杯描いてみたりしたじゃない。あれの、すっごい何枚も重ねて、物語つけた奴がマンガ。ゲームはややこしいから省く」

 今となってはすっかりニンゲンの世界と離れて生きているものも少なくないので、ニンゲンの世界の事はさっぱり知らない者も多い。あたしもそうだ。一方でニンゲン好きは、度々繰り出しては色々な物を拾ってくる。今度マンガとやらを見せてもらいに行こう、と思った。

「そういえばここ十年二十年くらいかさぁ、ハロウィンっていう海の外の国の祭がこの日本にも浸透しててね、街じゅうすっごいの」

「何だ、そのはろいんて」

「ハロ『ウィ』ンよ。まぁあんたには発音しにくいと思うけど。えっとね、十月終わりの日、つまり明日なんだけど。明日の夜には、お化けの格好して、夜に家を回って、「トリックオアトリート」って言うの。「お菓子くれなきゃいたずらするぞ!」って意味なんだって。で、お菓子とかもらうってわけ。子どもの行事なんだけど」

「ふむ」

「お化けの格好って言ったって、外国の妖異のが多いんだけどね」

 久美子の話を聞いて、あたしは面白そうだと思った。そして次の日の晩、あたしは久しぶりに、ニンゲンの世界へ出る事にした。前に出たのは、今は老木となった山裾の桜が、まだ若芽だった頃だろうか。

 糧は花や実の力だが、別に口から食べられない訳ではない。何より、あたしは飴や饅頭や金平糖が好物だ。








「とりっくおあ、とりーと!」

「あら、みゆきちゃん? まぁ、可愛らしいお洋服ね、妖精さん? はいはい、今あげますからね」

 木の上に姿を隠して覗いた民家から、そんな会話が聞こえた。玄関先に、ふわふわした衣装と作りものの羽根をつけたニンゲンの少女と、ニンゲンの女がいた。ニンゲンの女が少女に小さな包みを手渡し、少女が歓声を上げて受け取って礼を言っていた。

 久美子が言う通り、今日はお菓子をねだる事が許される日らしい。あたしは今度は自分がもらう為、再び夜の闇に身を躍らせた。








「お菓子を、あたしにくれ」

 目の前に現れた圧倒的に美しい存在を見て、僕は腰を抜かした。

 角を曲がったら美少女とぶつかるというシチュエーションを夢見た事はあるが、こんなナニカと出くわすなんてことは夢にも思わなかった。

 とにかく美しい。絶対に人間ではない。白い長い髪は広がるようにふわりと浮き、顔の作りは街灯広告でもテレビでも映画でも見た事ないくらい整っている。それは感覚で分かるが、不思議にぼやけて見えて、例えば絵で描けと言われたら線が引けないような、はっきりとした目鼻立ちの印象がない。

肌は白く、例えでなく、内側から発光していた。でなければ夜のこんな街灯も少ない場所で、こんなにはっきり相手の姿が見える訳もない。

服は冷静に考えれば何かのコスプレとしか思えないような、変な和服のようなものだった。不思議とその女には似合っていた。花の咲いた何かの植物の蔓が巻き付いていた。

光の粒が全身から放たれているように見える。眩さに、神々しさすら感じた。清浄な香りも漂っていた。服の裾に小さな金属片が縫い付けられているのか、涼やかなしゃらしゃらという音がしていた。彼女に似つかわしい空間は壮麗な神社の奥とかで、どうでもいいこんな街角ではない。そのギャップのひどい非日常感に、頭がくらくらした。もはや、その美貌は恐ろしかった。

人の形をしているが、人ではありえない。何だろう。幻だろうか。僕を喰いでもするのだろうか。

「聞こえなかったか。お菓子を、よこせ」

 美しい存在は、もう一度繰り返した。お菓子をご所望らしい。僕は腰を抜かした時地面に放り出した鞄を引き寄せた。自然と正座になった。

 しかし鞄の中にはお菓子どころか食べ物もなかった。

 僕はさっきコンビニに寄った事を思い出し、投げ出されたコンビニ袋を拾い上げた。確かエクレアがあったはずだ。

 中にはひっくり返った弁当と、それに押しつぶされたエクレアがあった。

 エクレアを差しだそうとして、僕は思い止まった。

こんな醜い物を、この美しい存在に差し出す事はできない。こんなもので穢すくらいなら、僕が食べられた方がましだと、本気で思った。気が動転していうというのも嘘ではないけれど、それくらいの事を思わせる程、その存在は美しかった。

 僕はアスファルトに頭を擦り付けて、その美しい存在に許しを乞うた。

「申し訳ございません! 私には、私めには、貴方様に捧げられるような物は何一つ持ってはおりません! ご不満でしたら、この身一つ、どのようにもして下さい!!

 這い蹲る僕を見て、美しい存在は、「そうか」と興味を失ったように呟いてそのまま踵を返し、どこかへ去った。

 僕は目に焼きついたその余韻を噛みしめながら、しばらく頭を上げなかった。


「それから何度かニンゲンの前に出て、夜の明ける頃に棲みかに戻ってきた」

「ふんふん、それで、収穫は?」

「一つも」

「……は?」

「誰も、くれなかった」

 あの後何度挑戦しても、誰一人としてお菓子をあたしに差し出してくれはしなかったのだ。謝ったり逃げ出すばかりで、結局何も得ないまま、はろいんの夜は終わった。

 世にも美しいあたしの世にも美しいため息を見たのはろくろ首だけで、霜月の風に消えていった。

 



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