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コーコタ町の郵便歌

師走ハツヒト


ダギン・エルトオはコーコタ町の郵便配達員だった。

齢は50も後半を数え、顔にはしわが多く髪も薄く真っ白だったが、年を感じさせない陽気な仕事ぶりで、『ダギンじいさん』と呼ばれ町の人々に愛されていた。

ダギンには仕事仲間がいた。ライレッサと呼ばれる騎乗用の鳥で、フランカという名前だった。

ライレッサとは、野生にはおらず人間が交配を重ねて生み出した生き物で、背丈は背の高い男程もある。大きな太い脚で走る事ができ、翼は飛べる程は大きくはない。飛ぶためではなく跳ねるために、例えば幅の広い川を越える時に羽ばたいて飛距離を伸ばすために、ライレッサは翼を使う。腹側は白く、背は濃い茶色で白の斑点があり、首だけは驚くほど美しい青色の羽根が生えている。黄の冠毛と橙のくちばしが、遠くからでもよく目立った。

ライレッサのフランカは、毎日ダギンを乗せて町を走った。フランカは利口な鳥だったから、長年ダギンと仕事をする内に道を覚えていて、ダギンが一々分かれ道や十字路で指示をしなくても、配達の道を正しく走る事が出来る。フランカはダギンによくなついていた。ダギンもそんなフランカを大切にし、まるで自分の息子のように丁寧に世話をした。

ダギンは陽気な男で、配達の仕事の間はフランカに乗りながら歌を歌っていた。ダギンは忘れっぽい性格ではなかったが、郵便を間違えて届けたりしないように、広くても家が少ないコーコタのどこに誰の家があって、どんな順番で配達するかを歌にして覚えていた。そのおかげか、今までダギンが間違って配達した事は一度もなかった。

 

  緑の屋根の駅を出て メイラの花の垣の中

  真っ白壁の小さな家は ヒエリー奥さま暮らす家

  右に曲がって看板越えて カンゼとシシヴァにごあいさつ

  大きなトナメの木を過ぎて アネス・ニテ・ツィカ三軒並び

  ちょっと離れたリリーミさんち 川を越えたらぐるりと左……

 

こんな調子で、毎日明るく元気にダギンとフランカは町の人々に手紙を届けていた。

 

 ある夜、とても激しい嵐が吹きすさび、フランカの小屋の壁の板が一枚飛ばされてしまった。そこから雨と風が吹き込んでフランカは一晩中冷たい思いをしたが、自分の家にいたダギンはそれに気付けなかった。

 次の日の朝、フランカに餌を持ってきたダギンは、壁の穴を見て驚き、小屋に飛び込んだ。そこにはずぶぬれでぶるぶる震えているフランカがいた。

 ダギンは慌てて家から大きな布を持ってきて、フランカを拭いてやった。昨日の嵐は嘘だったかのように天気が良かったので、ある程度フランカが拭けたらフランカを小屋の外に出し、日に当たらせた。フランカは具合が悪い様子で、目の覚めるような橙のくちばしが少し白っぽくなっていた。

 今日も仕事があったが、フランカに無理をさせてもいけないと思い、ダギンは一人で仕事をする事にした。家は少ないが広い町に郵便を届けて回るのは、それでも年寄りであるダギンにはフランカ無しではかなり大変な仕事だった。いつもよりずっと時間がかかって、日が沈む頃になってようやくダギンは帰って来た。一方フランカは少し元気を取り戻したようで、へとへとの様子でダギンが持ってきた餌を、普段通り綺麗に平らげる事ができた。

 その次の日。すっかりフランカは元気になった。それとは反対に、昨日の疲れのせいでダギンが寝込んでしまった。

 いつもダギンが現れる仕事始めの時間にダギンが来なかったので、心配した郵便局の人キピロが彼の元を訪れた。ダギンは郵便局の人に、今日は仕事ができなさそうだから、すまないけれど休ませてくれと告げた。

 キピロは困ってしまった。自分は自分の仕事があるし、他の地域の郵便配達の人を回しても場所が分からない。今日も少ないとはいえ配達する手紙がある。特に、ツィカ家の娘エレウレア宛ての、三つ向こうの町のユーリカからの手紙は早く届けないといけないものだった。ユーリカとエレウレアは恋人同士で、なかなか会えないので文通しているのだが、相手の手紙が待ち遠しすぎて、週に一度のその手紙が届かないと仕事が手につかなくなってしまう事は町中で有名な話だった。

 かといって寝込んでいるダギンを無理矢理起こして仕事をさせる訳にもいかない。仕方なく、自分の仕事を後回しにして、フランカに乗せてもらって回ってこようとキピロは思い、ダギンにフランカを貸してもらえないか頼んだ。しかし、ダギンは頷いたものの、フランカがどうしてもキピロを乗せようとしなかった。鞍を乗せようとしたら逃げ回るし、無理矢理乗ろうとしたら振り落とされてしまうのだ。

「フランカ、お願いだ。ヒエリー奥さまと、ツィカの娘と、トートレグ氏の三つだけ運ぶ間、乗せてくれ」

キピロは頭を下げて頼んだが、フランカはくちばしの先を明後日の方向に向けるだけだった。

「弱ったなぁ……僕ももう自分の仕事をしなくちゃいけないし、ヒエリー奥さまとツィカ、トートレグは謝ったら分かってくれるだろうか……」

キピロが諦めて帰ろうとした時、フランカがキピロの方を向いた。

「クエクィー、クォックァ……クィ、クァ……クォークォ、クェック」

 キピロは振り向いた。フランカは普段「クァックァッ」と啼くだけのはずだ。今の啼き声は、何か言葉のように聞こえなかっただろうか?

「フランカ、言葉が分かるのかい?」

「クエクィー、クォックァ……クエクィー、クォックァー、ククァク、クィケ」

 声、というよりはむしろ、それはまるで節がついているように聞こえた。そう、コーコタ町に住む者なら誰でも知っている、あの。

「ヒエリー奥さま暮らす家……?」

「クエクィークォックァーククァククィケッ」

フランカは利口な鳥だった。彼は、ダギンの歌を覚えていたのだ。

キピロは持ってきた三枚の手紙を鞄から取り出し、フランカに見せた。

「これが、ヒエリー奥さまの手紙。これが、ツィカの娘の手紙。これが、トートレグ氏の手紙。場所は、分かるね?これを、届けて欲しいんだ」

 あれからフランカは、ダギンの歌を全て歌ってみせた。ダギンは歌いながら、フランカに誰の家がどこにあるかを教えていた。フランカが道を覚えているのなら、歌を辿り『ヒエリー奥さま』『ツィカ』『トートレグ氏』の場所で止まる事が出来るはずだ。

 手紙を見たフランカは、その手紙を自らのくちばしに咥えた。その眼は、任せろと言っているようだった。

 キピロはダギンの使っている鞄にその手紙を入れて、フランカの首にかけてやった。そして、その背を叩くように撫でた。

「頼んだよ」

「クァッ!」

 一声高く啼くと、フランカは駅の方角へ駆け出した。

 

 フランカは歌いながら、ヒエリー奥さまの家の前に来た。

「クエクィークォックァー!」

 そしてそこで、大きく啼いた。ヒエリー奥さまは何事かと思い、家から飛び出してきた。

「あら、フランカだわ……ダギンじいさんがいないわね、フランカだけでどうしたの?」

 尋ねられてフランカは、首にある美しい青の羽根を見せつけるようにして、首にかけた鞄を示した。

「これを、見ろって事なの?……まぁ、あたくし宛ての手紙だわ。フランカ一人で届けに来てくれたのね、偉いわ。有難うね」

 鞄の中からヒエリー奥さまが自分宛の手紙を見つけ出して頭を下げると、フランカは小さく「クァッ」と啼いて立ち去った。

 

 そしてフランカはいつもダギンと行く道を一人で走り、エレウレアの元にも手紙を届けた。エレウレアはたった一人でも届けてくれたフランカに感謝し、フランカの首をぎゅっと抱きしめた。かなり離れて入り組んだ所にあるトートレグ氏の家にも迷うことなく辿りつき、トートレグ氏にも手紙を渡した。

 その頃にはダギンの調子も大分良くなり、夜の餌を持ってフランカの小屋を訪れた時には、空の鞄を首から提げたフランカが嬉しそうな顔でダギンを迎えた。

 

 それからはダギンもフランカもどちらかが仕事に行けない時はお互い支え合い、末永く郵便配達の仕事を勤め上げた。ダギンとフランカの歌う歌はコーコタの町に響き、その後コーコタの町で郵便配達をする者は、家が増える度に少しずつ歌を自分で足して、いつまでも歌い継いでいったという。




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