屍の恋
寄木 露美
一之瀬雄二がその出会い系掲示板にアクセスしようと思ったのはひとえに好奇心によるものだった。出会い系掲示板というのは大体が業者による詐欺サイトであったりネカマが跋扈していたりするものだ。しかし彼の友人曰く、そのサイトは本物であるらしい。しかも会員登録する必要もないらしく手軽に利用できるのだと。無料で若い女を手軽に探すことが出来るならこれほど良い話はない。最近彼女と別れて女に飢えていたこともあり、ものは試しとして軽い気持ちで彼はそこにアクセスした。
しかし友人の言葉とは裏腹に掲示板の中身はひどいものだった。書き込みの大体は全く関係のない言葉や業者の広告であふれていた。ごく稀に見つかった当たりかと思われる書き込みもずいぶん昔のもので、既に相手が見つかったのか完結したやり取りが後に続いているだけだった。
やっぱりそう簡単には見つからないか…。諦めてネットプラウザを閉じようとしたその時、雄二の目に一つの書き込みが飛び込んできた。
『二十歳、女です。ネット上で仲良くしてくださる人募集します 沙紀』
それが書き込まれた日付はこれより三日前とかなり新しく、書かれた言葉はひどくそっけないものの他の書き込みとは違う雰囲気を醸し出していた。…これはあたりかもしれない。書き込みの最後に乗せられていたURLを雄二は迷わずクリックした。
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寂しい。長い間私はそう感じていました。元来家族と不仲で中学、高校ととくに友人がいなかった私にも大学に入ったら誰か友人ができるかもしれないと思ったこともありました。しかし内気な私に行動を起こす勇気があるはずもなく、これという知り合いもないままに半年以上が過ぎて気が付いたら私だけが取り残されていました。とにかく誰かと繋がりたいと思った私は出会い系掲示板にアクセスすることにしました。もちろん出会い系自体の危険性というものは高校時代に教えられたものですし、それが体を売ることになるかもしれないことは分かっていました。しかしそれよりも誰かと会話したいという思いの方が強かったのです。
掲示板に書き込みをして数日後、返事が来たとき私の心は歓喜に打ち震えました。私の書き込みに答えてくれる人がいた、それだけで胸がいっぱいになったのです。彼、ユウジくんとは出会い系掲示板から繋がる個人掲示板でやりとりすることとなったのですが彼の数個の書き込みを見た時から私は彼と仲良くなれると思いました。
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あれから雄二は沙紀と掲示板上でよくやりとりをするようになった。趣味の話などで気が合ったこともあって彼女とのやりとりはあきることがなかった。また彼女は雄二と同い年であり同じ県内に通う学生であることが分かったこともあり、気兼ねなく話しをすることが出来た。
彼が唯一不満に思ったことは沙紀が実際に会うことを拒否し続けていることだった。何度か出会う約束を取り付けようとしたのだがその都度やれ用事があるだの授業と重なっただのと沙紀が断り続けていたためである。最初はそれらに納得していた雄二であったが回を増すごとに不満が募っていった。そもそも彼はただネット上でお喋りをする相手が欲しかったのではなく、出会い目的で沙紀とコンタクトをとるようになったのである。出会い系で出会わないことに意味はあるのかと彼は次第に疑問に思うようになった。
そして一か月後彼は掲示板を利用するのを止めた。
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彼とのやり取りはとても楽しいものでした。ただことあるごとに彼は実際に会いたいと言ってきたのですが、私の醜く膨らんだ体やうす汚い色をした肌を彼にさらす勇気は私には無く、彼の要求を断り続けていました。実際に私を見て幻滅されるよりも仮想空間でずうっと彼と喋っていたかったのです。
いつからだったのでしょうか、彼の書き込みが減っていったのは。前までは書き込みをした後にすぐ返信をしてくれたというのにだんだんと時間が空くようになりました。そして一時間ごとであった返信は一日ごととなり、三日ごと、一週間ごととなって最終的にはぱたりと途絶えてしまいました。
どうして彼は返信をくれなくなってしまったのでしょうか。私がひたすら会うことを拒否してしまったから?それとも変わり映えのない話をする私に愛想が尽きてしまったの?でも外の世界を知ろうにも私の足は上手く動かないし、この醜い体を見たのなら人々は顔をゆがめ、悲鳴を上げてしまうでしょう。
もし彼と会うことが出来たのなら彼の心をつなぎとめることが出来たのでしょうか。
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雄二が掲示板を利用しなくなって一か月が過ぎようとしていた。その間に彼は新しい彼女を手に入れることが出来、彼の女性不足は解消された。そして彼は恋人がいるということを除けば前と変わらぬ生活を送る様になった。
ところが最近彼の元に差出人不明のメールが届くようになった。メールには何も書かれておらず、ただあるURLのみが貼られているだけだった。最初は悪戯であると思っていた雄二であったが、一日に何通も届くそのメールをだんだん気味悪く感じるようになった。
謎のメールが届き続けることで雄二は精神的にだんだん追いつめられていった。何にしろ件のメールは昼夜問わず引っ切り無しに届くのだ。送信先のアドレスを着信拒否にしても次々と別のアドレスからそのメールは届きつづけた。さながらそれは送り主の意志の強さを語るようであった。
友人や彼女にメールの話をしても冗談を言っているようにとられて真面目にとりあってはくれなかった。それどころか雄二が精神的におかしくなったのだと思い込み、距離をとるものすらいた。理不尽なメールに対して怒りすら覚えていた彼は、とうとうメールに付属されていたURLにアクセスすることにした。
そのURLからつながったページは沙紀とやり取りをしていた掲示板だった。書き込み数を見てみると彼が書き込みをしなくなったその日よりもかなりの数が書き込まれていた。それに対して疑問を持ちながらも書き込みを順に目で追っていく。
『ユウジくん、今日はまだ返事をくれないんだね。たぶん大学が忙しいのかな』
『ユウジくんは体調とか崩してない、大丈夫?最近返事をくれないからちょっと寂しい
です』
『ユウジくん、返事を下さい』
『ユウジくん、返事は?』
『ユウジくん、なんで?』
『どうして返事をくれないの』
『ねえ、何で?』
『返事をしてよ』
『ユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくんユウジくん』
『無視しないでよ』
『ねえ』
『 は な し を き い て』
あまりの書き込みの異常さに雄二は吐き気を覚えた。さらに書き込みは続いている。
『私が会おうとしないから返事をくれなくなったの?』
『だったら私綺麗になるから』
『ユウジ君、今日は頑張って化粧をしたの』
『白い色を探すのすごく大変だったんだよ』
『体も最近膨らむのが止まってきたの』
『今日は白い服を探してきたの。これで汚い色の肌を隠せるね』
『包帯を今日はまいたよ。体から水がしみだすせいで少し茶色にしみちゃったけども』
『ユウジくん、綺麗になった私をみて』
『綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗私綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗私綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺れいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいわたしきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれいきれわたしわたしわたしわたしわたしわたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ綺麗いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい』
最後の書き込みには画像へと繋がるURLが記されていた。ひどく禍々しい気配を放つそれは雄二に画像を見るように強制するような気配を放っていた。正直な所嫌な予感しか感じなかった雄二だが、やがて誘われるかのようにURLをクリックした。
酷く薄汚い部屋。部屋に集る大量の蛆や蠅。大量の汚物に囲まれた部屋の中心にそれは写されていた。ところどころ茶色い染みのついたワンピースと手足に乱雑にまかれた包帯。全身真っ白に絵具で彩色され所々青や緑や橙でサイケデリックに彩られたそれはどう見ても生きた人間のそれではなかった。
その写真のあまりのグロテスクな様子に雄二は嘔吐した。これは彼女自身なのだろうか。だとしたらこれを写したのは何物なのか。様々な疑問が彼の脳内で渦巻き浸食してゆく。もう一度確認するように写真を見るとそれと目があったような気がした。
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やった。やっと私を見てくれた。これで彼は私を見捨てたりしないはずだわ。でもこれじゃ駄目。もっともっともっと私を見てほしい。彼の瞳に映るのは私だけで良いの。他の女なんて見ていたら嫌。いいえ、他の女なんて見せないようにすればいいのね。そうよ、それがいいわ。彼を私のものにすればいいのよ!
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酷く意気消沈した雄二の元に、新しくメールが届いた。その着信は彼にとってこの悪夢のような現実から救い出すもののようだった。
期待をして携帯を開いた彼に届いたのは友人からのメールでも、彼女からのメールでもなかった。誰から届いたのか分からないそのメールにはただ、こう記されていた。
『いま、あいにいきます』