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詩人クラウディアの憂鬱

寄木露美

クラウディアは大きく欠伸をして目が覚めた。空は快晴、暖かな日差しが窓から差し込んでいる。木々の緑は日の光を浴びて煌めき、草に滴る朝露の美しさは何にも劣らない。この美しい光景を遮るかのように目の前には格子があるのが気に食わなかったがいつも通りのことなので我慢する。そしてこの光景の美しさを歌うために彼は高らかな声で歌を奏でだした。

「コケエエエエ!コケコッコオオオオオオオ!」

「あああうるさいうるさいうるさい!今何時だと思っているのよこの馬鹿鶏!」

ここまでで読まれた方はご理解いただけたと思うがクラウディアは雄鶏である。本来女性名詞であるはずのクラウディアという名前をなぜ彼が賜っているのかと言えば、それは彼自身がその意味することを知らずにつけたからに他ならない。そう、彼は他の鶏とは比べものにならないほど教養あふれる鶏であったのである。ただ少し鳥頭であったが故に男性名詞と女性名詞の区別がつかなかっただけなのだ。

朝の歌を高らかに歌い上げた後、彼は鶏小屋から庭へと他の鶏たちと共に出してもらう。なにやら女主人が朝早くから起こされただのなんだのぶつぶつと言っていたようだが、それを無視してクラウディアは庭にばら撒かれたトウモロコシの粒をつついた。如何せんここの連中は女主人を含めて教養のない奴らばかりで困る。もっとも彼がどれだけ朝日の美しさや伸びる若葉の美しさを歌ったとしてもその声が女主人に理解されることがないのだが。

またクラウディアはその教養あふれた性格故に他の鶏たちとなれ合うことが出来なかった。彼がどれだけ空の青さや浮雲の気高さを説いても彼らは全くそれらが理解できなかったからである。彼らの頭の中はそんなことよりも朝夕のトウモロコシをどれだけ食べられるのかということや、どこからどこまでを自分の縄張りとして維持するかということでいっぱいだったのだ。

いつも通りトウモロコシを食べ終わった後、クラウディアは柵で囲まれた庭の中をゆっくりと歩きながら庭の様子を眺めた。そしてこの世界の美しさを表すための詞を考え始める。大抵一日中詞を考え、一日の最後に思いついた詞を高らかに歌い上げる。それが彼の毎日の日課であり、変わり映えのない日常だった。

しかしその日は少し様子が違った。普段は鶏たちに餌をやるときと小屋に出し入れする時にしか出てこない女主人がもう一人の妙に着飾った女と共に庭へと入ってきたのだ。

「ねえ、アンドレア。この中で一番大きい鶏は何だと思うかい?」

「そうですね‥‥。あの鶏なんてどうでしょう、奥様」

女たちはクラウディアを指さしてそういった。何故こちらを指さすのか分からなかったがクラウディアは自身を立派にみせるために胸を張った。

「そうねぇ、あの鶏だったらお客様たちも満足して下さるに違いないわ」

「そうですね、奥様。せっかくの聖母さまの日ですもの。あの鶏ならおいしいスープになりそうですね」

言っていることはよく分からなかったがどうやら自分はスープというものになるらしい。言葉の響きからスープというものはとても魅力的であるようにクラウディアには感じられた。

それから一日、彼は他の鶏たちに対して自身がスープになることを吹聴してまわった。そして太陽も傾きかけて、スープの歌の詞を考えている真っ最中のその時に、クラウディアは彼をみてくすくすと笑う小鳥たちの姿に気づいた。彼は憮然として小鳥たちに問いかけた。

『そこの御仁。なぜ君たちは私を見てそんなにも笑うのか。ひとを見て笑うのは無礼であるぞ』

『いいや、君がすごく可哀想でね。その様子だとスープになることがどうなることかも知らないのだろうね』

小鳥たちの様子を彼は疑問に思った。もしかしてスープになることはとても悪いことではないのだろうか。少し考えた後、彼は小鳥たちに問いかけた。

『若し良かったら、スープになることがどういうことなのか私に教えてくれまいか』

『いいかい、スープになるというのはね……

その答えを聞いて彼は愕然とした。自分は人から敬われるべき存在であれど何も悪いことはしていないはずだ。それなのになぜ首を切られて大なべの中で野菜と一緒にぐつぐつと煮られなければいけないのか。彼の頭の中は死への恐怖でいっぱいになった。

その日の夜、クラウディアは夕食のトウモロコシもおちおちと喉を通らず、重い気持ちで心は満ち溢れていた。もう月の美しさを歌うことも今夜で最後なのだ。どうせ死ぬのなら、最後ぐらい誰かに私の歌の美しさを聞いて欲しかった。そう思いながら彼は鶏小屋に押し込まれた。

なかなか寝付けない彼がふと、鶏小屋の扉を見た時、彼の心は期待でいっぱいになった。なんと女主人が鍵をかけ忘れていたせいか、鶏小屋の扉が半開きになっていたのだ。これならなんとか逃げ出せるかもしれない。そう思って彼は小屋を抜け出した。

しかしその期待はすぐに絶望へと変わった。何せそれまで彼は鶏小屋と庭しか走り回ったことがなかったのである。当然逃げ出せるほどに彼の体力は存在しておらず、庭を抜けて女主人の家を目前にして体力がほとんどなくなってしまった。こうなったら仕方がない。生きることは諦めよう。しかし最後に私の歌を誰かに聞いて欲しい。

そう思ったクラウディアは声を届かせるために体力を振り絞って女主人の家の屋根に上り始めた。

彼は歌った。夜の空に浮かぶ月の美しさを。月の光を浴びて眠る木々の安らぎを。そして彼の愛する鶏小屋と庭の風景を。夜通しかけて彼は歌い上げた。

もうすぐ夜が明ける。そうしたら自分は死ぬことになるがもう後悔はない。そのときだった。真っ白に燃え尽きそうになった彼のもとに幾匹かの声がかかったのは。身も心も使い果たした彼がなんとか目を空けたところに見えたのは、こちらを見つめるロバと犬と猫だった。

なんとかして屋根から降りた彼を迎えたのは三匹の歓声だった。なにやら彼らは飼い主から殺されそうになった所を逃げてきて、これからブレーメンという街へ向かい、音楽隊に入るのだという。そしてその道中にクラウディアの歌声を聴き、ここにやってきたのだと言っていた。

『君はとても素晴らしい歌を歌うね。よかったら僕らと一緒に行かないか?』

その問いかけに彼は微笑み、そしてそこで彼の意識は途絶えた。

これがクラウディアと彼ら、後にブレーメンの音楽隊と呼ばれる仲間たちとの出会いだった。めでたく三匹の仲間となった彼はこの後にロバの背中の上で目を覚まして驚くことになるのだが、それはまた別の機会に。