錬金術師の助手  有内 毎晩



「ふん」

 男はつまらなそうに鼻を鳴らす。どうやら痺れを切らしたようだ。

「ここまで辿り着いたことは褒めてやる。だが、そのために貴様が犯した罪は重いぞ。ここで私が粛清をしてやろうか?」

 男が距離を詰めて、掴みかかってきた。

 男の動きに集中する。姿勢を落とし、腕で絞められないように素早く男の懐に潜り、男の鼻先へ拳を叩き込む。

「ッ……!」

 男が怯んだところで腹部に二、三発。更に引き際に一発腋へ拳を入れる。

「貴様……ッ!」

 男の顔が更に怒りの色を濃くする。その殺気のこもった視線は真っ直ぐ僕の方へ向けられていた。

「……何故か疑問に思っていた。ただの一般人が、我が軍の施設にいとも簡単に侵入し、迷うことなく保管庫へ行き着き、扉のロックを容易く破ることなど出来るはずが無い。……だが、その構えで貴様の正体が判ったぞ」

 男は声を荒げる。

「そいつは我が国の軍隊式格闘術の構えだ。貴様は元軍人だな?」

「僕に軍人だった過去はありませんよ。除名されてますから」

「ふん、軍の方針に背いた異端者といったところか」

「僕がこれからやろうとしていることには、目を瞑っていてくれませんか? そうすれば誰も得しない代わりに、誰も悲しむこともない」

「何だ、それは? 私に向けた脅しか? 貴様、自分の立たされている状況を理解していないようだな」

 男は再び戦闘の構えを取る。

 今度はさっきと違う。僕と同じように姿勢を低くし、隙を作らないように突進してくる。

 体格差から考えて、一度掴まれたら抜け出すのは難しいだろう。腕を上手く使って、男の体ごと横へいなす――

「ふんッ!」

「ッ……!」

 体が接触した時点で、男は力尽くで僕を撥ね退ける。

 なす術もなく僕の体は後方に吹っ飛び、壁に背中を打ち付けられた。

「軍から距離を置いた裏切り者風情が、現役兵である私に勝るとでも思ったか? 貴様はそもそも交渉できるような力関係にない」

「ぐッ……」

 一応、これでも日頃から体力維持をしてきたつもりだったが、流石に無理があるようだ。

「第一、貴様がそのアゾット剣を奪ったところで、何一つ変わらないだろう。貴様らがそれを手元に置く限りは、我々はまた奪還に向かうことになる。諦めろ、貴様らに逃げ道は無い」

 骨に異常は無いことを確認してから、僕は立ち上がる。

「……何か、勘違いしているみたいですね」

「なに?」

 幸い、アレは近くにある。

「僕が今からやろうとしてることをですよ」

 

 ドンッ! と、保管庫の壁が爆ぜた。

 

「……な……ッ! 貴様、まだ爆弾を仕掛けていたのかッ!」

 僕はその隙にそれを手に取り、覆っている古びた布を取り外す。

 中から現れたのは、中世の典型的デザインをした西洋剣。『AZOTH』と彫られているので間違いは無いだろう。伝承通りならこの鍔部分が取れるはず。

「おい、貴様……」

 容器の中に入っている、数枚の羊皮紙を取り出す。ちらっと内容が見えたが、僕には理解するのも難しいかもしれない。

 今の爆発で、保管庫内の棚から火が上がっている。誰かが酒でも隠してあったのが引火したのかもしれない。ちょうどいい。

「何を……」

 男が何か叫ぼうとしているのが分かる。

 脳裏に見たこともないはずの博士のお兄さんの顔が浮かんだ気がした。

 いや、これでいいはずだ。

 

 僕は羊皮紙を火の中に投げ入れた。

 

「貴様ァあああああァッ!」

 男は驚愕の表情から、顔を歪めて怒りを露わにする。

「正気かッ! 貴様はそいつの価値が解らないのかッ! 人類の至宝だぞッ!」

「技術としてはそうかもしれません。ですが、みすみす悪人の手に渡すよりは遥かにマシです」

「愚かな……ッ!」

 男は僕を睨み付ける。だが、僕も男の方を睨み返す。

「……さっき博士のことを馬鹿にしましたよね。そのことについて言い返すことはありません。現に、僕も不死なんか無理だと思っています」

 僕は穴の開いた保管庫の壁に手をかける。ここから外に出られる。その先は海になっている。

「でも、人造人間の兵器開発を考える人間なんて、それ以上に愚かだとは思いませんか?」

「貴様、許さんぞッ! 必ず、我が軍の手で殺してやるッ!」

「交渉決裂ですね。構いませんよ。ホムンクルスのレシピはもうありませんから」

 僕は壁の穴から飛び降りた。

 

「博士が巻き込まれないなら……僕は、それでいいんです」

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