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錬金術師の助手  有内 毎晩



 博士が研究しているのは、俗に錬金術と言われるものである。彼女自身は、本来のアルケミーという呼び方を用いているが、概ねその呼称では通じないため、僕以外の人間の前では前者の名を使っている。

 もちろん、錬金術は今となっては廃れた技術である。十八世紀、最後の錬金術師と呼ばれたアイザック・ニュートンの時代から、錬金術は公の舞台からその姿を消した。

 ならば何故、博士が今になって錬金術に拘るのかと訊かれれば、その理由はラピス・フィロソフォラム――世に言う、賢者の石という存在があったからだ。

 

「むむ……」

 朝、僕が日課のジョギングを終えて博士の研究室に入ると、彼女は丸底フラスコと睨み合いを繰り広げていた。

「またオプス・マグナムですか、博士」

「その通りだ。……たった今、失敗に終わったが」

 博士はフラスコをドラフトに置き、息を吐いた。

 オプス・マグナムとは、『大いなる作業』とも称され、錬金術――取り分け賢者の石を作成する過程で、最も重要になる作業である。ここで、多くの錬金術師達はその初段階である材料選び――プリマ・マテリアを見出すことから挫折する。

 非科学的な話になると思うが、伝記上この作業は他人の助けを借りてはならない。自らの力だけで果たさなければ、錬金術師としての意味が無いのだという。僕の感覚では、仏教徒が悟りを開くことに近い。

「ニコラ・フラメルは偉大だな。是非とも、一度その顔を拝見したかった」

「不死の体を手に入れた伝説が本当なら、それも叶うかもしれませんね」

「不死、か……」

 博士の視線が遠くなるのが判った。

 少し軽々しすぎたかもしれない。彼女にとって、不死という単語がどれほど重いものか、彼女がその事象をどれほど望み、求めているかを、僕は理解しているはずなのに。

 僕が自分の失敗を嘆いていると、隣からぶつぶつと博士が呟いているのが聞こえた。

「……病死を免れるのは大前提として、ヘイフリック限界はどうなるのか……いや、それ以前に直接的な外傷に起こる細胞や組織のネクローシスは回避され得るものとして入るのかそもそも定義が……」

 どうやら僕の考えすぎのようだ。彼女は言葉一つで傷付くような気配は無い。僕が心配するほど繊細な人間では無いらしい。

「……君、何か失礼なことを考えていないか?」

「いえ、なにも」

 少なくとも、それは彼女の良いところだと思う。

「それより、博士。このままだと今月中に研究費が足りなくなりそうなんですが」

「なに、もうそんなに使ったか。仕方ない、しばらくは冶金で食っていくか。またあの鉄屑ジイさんと顔を合わせなければならないとはな」

「実際に顔を合わせているのは僕ですけどね」

「私は奴が嫌いだ。苦手とも言うがな」

 どちらも同じだろうとは敢えて言わない。

「こちらを下に見ている態度が気に食わないな。商売とは対等の立場で行われるべきだ」

 それは博士が常識外の値段で売りつけるからだとは敢えて言わない。

「蓄えのある者は、貧しい者を親切にするものだ。下着を二枚持っている者は、持っていない者に分け与えるべきだとヨハネも言っている」

 だんだんと博士の発言内容がおかしくなっている。多分、オプス・マグナムで疲れているのだろう。

 僕は博士に別室で少し休むように促し、部屋に備えて付けてある冷蔵庫に向かった。

 あの様子だと朝食も食べていないのだろう。何か簡単なものでも作ってあげよう。

 

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