錬金術師の助手  有内 毎晩



「……さて作業に戻るぞ、君」

「博士」

「……何だね」

 博士は面倒そうに返事をした。僕が一体何を訊きたいのか判っているのだろう。

 僕は今の話の中で一番に気になった単語を口にした。

「アゾット剣とは……やはり、あのパラケルススの……?」

「ああ、そうだ。それ以外に何か思い付くか?」

 アゾット剣とは、錬金術の大家と呼ばれるパラケルススが所有していたという伝説的な剣である。武器として用いられたことは一度も無く、その価値は剣そのものにあるわけでは無い。

「では……入っていたんですか? ラピス・フィロソフォラムが――」

 アゾット剣の鍔部分には象牙で出来た容器が仕込まれており、小さなものならばその中に何かを収納出来たとされている。

 そして、パラケルスス自身がアゾット剣の中に保管していたとされる最有力候補は、錬金術師の最高境地、賢者の石だと言われているのだ。

「いや、流石にそんなことは無かったな。そんなことだったら苦労しない。そもそもパラケルススとラピス・フィロソフォラムはそこまで縁のある組み合わせでも無いことを考慮すれば、当然とも言える。……まあ、その代わり別のものが入っていたがな」

「何が入っていたんです?」

「……それに関しては本来、君が知る必要の無いことなのだが、まあいいだろう。教えて不都合なことも無い」

 博士は床の隠し収納庫の蓋を開けてから、言葉を紡いだ。

「ホムンクルスのレシピだ。それも、伝承より遥かに事細かに記された、正真正銘の生成方法。私が初めてアレに目を通した時、驚愕したよ。これは本物だと、そう確信するほど理知的で納得性の極めて高い内容だった」

 ホムンクルス――パラケルススだけが唯一その生成に成功したとされる人造人間。生まれながらにして知性を持ち、この世の全てのことを知っているとも伝えられている生命体である。

「試したんですか?」

「いや、試していない」

 博士は即答した。

「私的な考えだがな。この世の生物は皆、生殖行為によってのみ子孫繁栄を試みるものだ。人間も全くの例外では無い。それを介さずに命を生み出そうなどとは、自然摂理に対する挑戦だ。クローン技術であろうが、何であろうが、そういったデリケートな分野はもっと丁寧に扱わなければならない。あの技術は本来、もっと時間をかけて人類が到達すべきものだ。あんなものが今の世に出回れば、これから先の生態系に多大な影響を及ぼす」

「じゃあ、今の男は……」

「そんな都合など全く考慮していないただの愚か者だろう。人工生命の生成法が軍事利用されれば、無限に戦力が湧き出す兵隊の完成だ。人海戦術なら敵無しになることだろうな」

 突撃しては散っていく無感情な兵達。その背後で高みの見物をする製造者達。

 想像しただけでも気分が悪くなる。

 実際に力を持った人間は感情をどう変化させるか分からない。今は温情な性格の持ち主も、生命を駒としか考えない冷酷な人間に成り変わるかもしれない。

 博士は床下から古びた布で包まれた物を取り出した。博士はそれに視線を落とすと、強い意志のこもった声で呟いた。

「だから、コイツを奴らに渡すわけにはいかない。人の都合で死ぬだけしかない運命を背負った命など、存在させるわけにはいかない」

「……博士、もう一ついいですか」

 僕は一つ疑問に思ったことを口にする。

「何故、博士がアゾット剣を持っているんですか? そんな世界中の科学者達が探し求めるような物が何故、博士の手に……」

「…………」

 博士はそこで初めて口をつぐんだ。

 言いはばかれる様なことだったのか、僕は返答を強制するわけでは無いことを付け加えようと口を開いた瞬間、博士が短く言葉を発した。

 

「兄の形見だ」

 

 そして、博士はこの話を止めにして作業に戻った。

 

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