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錬金術師の助手  有内 毎晩



 そして、目を疑った。

 研究室の中はめちゃくちゃだった。試験管やフラスコは割れ、棚の中身が散乱し、木製の机や椅子まで壊れている。まるで何かが暴れたような――否、意図的に荒らし回ったような光景だった。

「博士!」

 彼女は部屋の隅で倒れていた。

 すぐに駆け寄り、状態を確認する。体はぐったりとしているが、息はある。しかし、ところどころ殴られたような痕があり、出血も多少はある。応急処置が必要だろう。救急車も呼ばなければならない。それから警察にも――

「……う……ぐ」

 救急箱を探している途中、呻き声が聞こえた。博士の意識が戻ったようだ。

「博士、大丈夫ですか! 一体、何があったんですか!」

「……君、か……。私としたことが……油断した。例の軍人が訪ねてきた……大勢の部下を連れてな。奴め……ここまで強引な手段を取ってくるとは……」

 予感が的中した。やはりさっきの集団だ。

「待っててください、博士。今、警察に――」

「いや……無駄、だろうな。……奴らは軍人だ。恐らく、揉み消されるだろう」

 僕は歯を軋ませ、拳を握る。

 もしも、僕がもう少し早く帰って来ていれば、奴らはこんな手段を取らなかったかもしれない。もしも、僕がこの場に居さえすれば、博士だけはこんなことにならなかったかもしれない。もしも――

「そう、悔やむんじゃない。……悔やんだところで、盗られた物も……返っては来ない」

 僕は博士の視線の先へ目を向けた。

 床の隠し収納庫の扉が開いたままになっている。多分、あの中にはもう何も入っていないのだろう。

「私のミスだ……。アレの場所は吐くまいと思っていたが……出来なかった……。結局、私はそれまでの人間だということか……」

 僕は博士の手元を見た。手首に残った手形のアザと、指先からの出血。何が行われたのかは、容易に想像出来る。

「私は……人の死が怖いのだ。大切な者が、自分から離れていってしまうのが……怖くて仕方が無い。だから、不死なんか研究しているのだろう」

 博士は掠れるような声で話し続ける。

「……アレも同じだ。私の兄が……唯一、この世に残したものだった。アレを手放せば……本当の意味で、兄が死んでしまうと思っていた」

 僕は博士の話を、ただ黙って聞いていた。

「絶対に渡さないつもりだったが……このザマだ。私は一体、何がしたかったのだろうな」

 その時、僕の中で何かが切れたような気がした。

 僕は間違っていた。博士は言葉一つで傷付くような人間では無いと思っていた。心配するほど繊細な人間でも無いと思っていた。けど、そうではなかった。彼女は全部、抱え込んでいたのだ。辛いことも、悲しいことも全部。表に出さずに、独りで背負い込んでいただけだったのだ。

 それを僕は、一番彼女の近くにいたはずなのに、何故気付いてやれなかったのだろう。

「博士……すみません……」

 博士が答えることはなかった。どうやら再び眠りに就いたようだった。

 僕は博士の応急処置を終えると、上着を脱いでそっと博士の体の上に被せた。

 救急車に連絡はした。もうじき到着する頃だろう。警察もこれだけの事態になれば、連絡せずとも必ず来る。そうなると、事情聴取や何やらできっと時間がかかることだろう。

 僕はその前に、やらなければならないことがある。博士をここで一人にしておくのは心配だが、仕方ない。

 僕は鉄屑ジイさんに心の中で謝った。僕はやはり、博士の傍にいるのは難しいようだ。

「待っててください、博士」

 そして、僕は行動を開始する。

 

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