おかしな城の少女たち  バックベアード



「「じゅうはち、じゅうきゅう、にじゅう――」」

 二人で一緒に数えてきたドアが、ついに二十一枚目になった。

「ここに女王様がいるんだ!」

「数え間違いはしてないはずだけど……」

 期待と不安。同じ扉の前に立っているのに、少女が抱えるものは、それぞれ真逆だった。

「「せーの」」

 メアリが左の扉、シャーロットが右の扉の取っ手をそれぞれ掴み、思い切り引く。ギギギギギギという軋んだ音と共に扉は開き、内側から光が漏れる。

「――よく来たね、二人とも。お入りなさい」

 中から響く厳かな声に、二人が顔を見合わせた。シャーロットはメアリが緊張しているのを見て違和感を覚え、メアリはシャーロットが顰め面をしていないのでびっくりしていた。同時に歩を進め、部屋に踏み込む。

天井にはシャンデリア、汚れの無い白い壁面と天井。大理石の床の上に敷かれた赤絨毯、その先の玉座に座る老婆こそが――

「ご機嫌麗しゅうございます、女王様」

「お久しぶりです! 女王様!」

 二人が言葉と共に、女王の前に跪く。深い皺の刻まれた厳格そうな顔が二人の少女を見て、相好を崩した。

「女王様にはおかれましては、お元気そうで何よりです」

「ええと、なによりです!」

シャーロットの堅苦しい挨拶に、よくわかっていないメアリもとりあえず便乗する。

「私は元気だよ。お前たちも元気そうで何よりだ」

 シャーロットが礼を述べる横で、メアリはさっそく跪く体勢に飽きたのか、しきりに体を揺らしている。表情にも、いつまでこうしてればいけないのかと、不満が表れている。

「今日は何か用かい? メアリにシャーロット」

 シャーロットは名前を呼ばれただけで跪いた姿勢のまま固まってしまった。だが、メアリは顔を上げ忌憚なく質問を投げた。

「女王様、この『世界』って面白いんですか?」

「ちょっとメアリ……」

 シャーロットは慎みを知らないメアリに訝しげな視線を投げたが、その問いを聞いた女王様は喉の奥で静かに笑った。

「それはまた難しい問題だねぇ……。お前たちはどう思うんだい?」

「私は面白いと思います! 今日だってたくさん面白い事があったし!」

「私はつまらないと思います。今日あったことだって、つまらない事の方が多かったし」

 メアリは元気よく返事をし、隣のシャーロットはいつも通りの落ち着いた声で答えた。

「今日、何人か友達に会ったろう? 友達はなんて言ってた?」

 二人は腕組みをして、先ほどまで会った個性的な友人の面々を思い出してみる。

「アンは、えーと、『皆が幸せならそれでいい』って!」

「……モックは、『知識が何より大事』だと」

「あと、グリフは『ルールを守ることが一番』って言ってたよね」

「チシャは何も言ってなかったけど、『悪戯できれば何でもいい』って言うでしょうね」

その答えを、老婆は微かに微笑みながら聞いている。

「どうやら、誰一人として同じ答えをした子はいないようだね」

 二人がうーん、と考え込む。主張は違うものの、二人の会ってきたチシャを除く少女達は皆、『面白いかつまらないかよりも大事なことがある』と言ってきた。

「みんな面白いかどうかなんて、どうでもよさそうだったね」

「……どうでもよくなんてないんだけどね」

「――そう、どうでもよくなんてないねぇ」

 玉座に座っていた老婆は腰を上げると、メアリとシャーロットの傍まで歩み寄り、二人をその腕に抱きしめた。

「誰にだって、それぞれ大事なものがあるのさ。……お前たちの大事なものはなんだい?」

「夢!」

 メアリは、躊躇わずに即答した。対してシャーロットはしばらく悩み、

「絶望……。ええと、つまり諦めるってことですけど」

「えー?! なんでそんなのが大事なの? 変なの!」

 メアリが、心の底から理解不能と言いたげな声を上げた。その言い草に、シャーロットがむっとした表情になる。

「メアリこそ、なんでそんな能天気なの?!」

「ノ、ノーテンキじゃないもん! べーだ!」

能天気の意味を知らないメアリだったが、シャーロットの剣幕からなんとなく否定的な言葉であることに勘付き、舌を出してあかんべぇをした。腹を立てたシャーロットが、メアリの頬を抓る。メアリもあかんべぇを止め、お返しとばかりに今度はシャーロットの鼻を摘むと思い切り引っ張った。

「めはひ! はなひなはいよ!」

「ふぁーろっほふぁはなひへふぁらへ!」

両者、一歩も譲らない激しいいがみ合い。そんな二人の頭に、女王がそっと手を置いた。

「質問は、『世界は面白いかつまらないか』だったね。残念だけど、私にもそれは分からないのさ」

 女王の掌の下の二人が、きょとんとした顔で首を上げた。

「だから、お前たち二人はこれからもそれを探し続けなさい。色々な所で、色々な友達に会って」

 女王の顔に、花のように笑顔が咲く。それを見た二人の顔も、自然と笑顔になった。

「――そしていつか見つかったら、私にも教えておくれ」

「はい! メアリ、頑張る!」

「見つかればいいけど……。まぁ、見つかるまで探せばいいのよね」

 二人の少女はそれぞれ決心の言葉を残すと、一礼して女王の間を辞去する。女王は微笑みながら、それを見送った。二人が部屋を出ても、ずっと女王は微笑んでいた――。

 

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