おかしな城の少女たち  バックベアード



1、メアリとシャーロット

 

「『世界』って面白いよねぇ。『世界』より面白いものってあるのかな?」

「そうかしら? 『世界』ほどつまらないものを、私は知らないけど」

ここはお菓子の城のテラス。

お菓子の城と言っても、実際にお菓子で出来ているわけではない。

外壁はビスケットを模した煉瓦。溶けたチョコレートが滴る様で窓を縁取り、丸いクッキーを象った飾りを並べた屋根。塔の天辺には生クリームの装飾。

陽気がさんさんと降り注ぐテラスには、テーブル一つと椅子が二脚。花模様の白い磁器のポットと、湯気が揺蕩う紅茶が二人分。そして銀の皿に山と積まれたお菓子と、少女が二人。

テラスの少女の片方。艶やかな黒髪に、黒のカチューシャ。小さな顔の鼻筋はピンと通り、白の多い三白眼。

「メアリは、この世界の何が楽しいの?」

凛とした雰囲気を漂わせながら目の前の少女を見据え、真っ赤で薄い唇が、呆れ気味に言葉を紡いだ。木造りの小さなデッキチェアに腰かけたその姿は、ゴシック調の丈の長いドレスも相まって、まるで人形のよう。

「何が楽しい? 何が楽しいって――」

テラスの少女のもう片方。『メアリ』と呼ばれた金髪碧眼の少女は、椅子から立ち上がると天を仰ぐように両手を広げ、お芝居のように紅いスカートをふわりと浮かせながら、踊るようにクルリクルリと回り始めた。まるで、このテラスは自分のステージだと言わんばかりに。風を孕んで、金糸のように美しい髪が空に舞う。

「――シャーロットは、この世界の何がつまらないの?」

数回転の後。ようやく止まったメアリは、目の前の黒い少女へと無邪気な笑みを浮かべながら、問いに問いを返した。

「質問に質問で返すのは、止めてくれない?」

 シャーロットの返事は冷たい。睨むような三白眼の威圧もあって、常人なら怯むところだが、メアリは全く意に介さない。

「だって、わかんないんだもん!」

椅子にどかっと腰を下ろすと、ぷくっと小さく頬を膨らませ、対面に座るシャーロットの顔など見たくもないとばかりにぷいと顔を背けた。そんなメアリの様子に、シャーロットはまた小さくため息をつく。

「それを言ったら、私だってわからないんだけどね……」

「なんで!?」

 唐突にメアリに咬みつかれたシャーロットは、渋々とテラスの向こうを指さす。城の外を見つめるその瞳に、輝きは乏しい。

「このお城を出たら、そこにはつまらないものしかないのよ? で、このお城の中は全部知ってる。じゃあ、もう面白いものなんて無いじゃない」

 シャーロットは山積するお菓子から一際黒いチョコレートを手に取ると、つまらなそうに口へ放り込んだ。納得いかない顔のメアリは、テーブルに身を乗り出してさらに咬みつく。

「シャーロットはこのお城の外に出たことあるの!?」

「無いよ」

 しれっと答えたシャーロットに、メアリは得意満面な笑みを浮かべながら指を差し、

「じゃあわからないじゃない!」

 今度は代わってメアリがテラスの向こうへ手をかざすと、林檎のような赤く丸い頬を期待の色で膨らます。

「このお城を出たら、そこに面白いものがいーっぱいあるの!! で、このお城の中にだって今もちょっとずつその面白いものが入って来てるの! ほら、面白いものたくさんあるでしょ!?」

 喜色以外見受けられないその表情にあてられたかのように、シャーロットは顔を背けた。紅茶を手に取るとふぅふぅと冷ましながら、シャーロットは気だるげに、

「メアリ、お城の外に出た事あったっけ?」

「え、無いよ?」

 当然のように首を傾けたメアリに、シャーロットが今度は盛大なため息を漏らした。

「はぁ……。じゃ、わからないじゃない」

 なにか反撃しようとメアリはうんうん唸って考えていたが、シャーロットは澄まし顔で紅茶を飲んでいる。少し経って唸り飽きたメアリは、お菓子の山に手を突っ込むと、がさごそと荒らしだした。

「ちょっと、ここ私の部屋のテラスなんだから、汚さないでよ」

シャーロットの苦言もどこ吹く風で、一番甘そうな棒付きキャンディを見つけるなり口に入れ、メアリは喋らなくなった。

 

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