おかしな城の少女たち  バックベアード



 メアリが滑り台にはしゃいでいた頃、シャーロットの方も滑り台を満喫していた。

「きゃああああああああああああああああああああああああ!!!」

 スリルとスピード満点の滑り台を、絶叫しながら滑り降りる黒衣の少女。

「いいいいつまで続くのよコレ?! ――あ、出口っ!?」

終着点の光が見えて安堵したのも束の間、硬い床に着地しゴロゴロと連続前転。最後に、本棚に激突。

「いてててて……、やっと止まった……。まったく、スカート擦れちゃうじゃない」

 運命の女神の悪戯は残念ながらこれに留まらない。床を見たシャーロットがおぼえた、違和感。

「……なんでここだけこんなに暗――」

 ドサドサドサドサドサドサドサッ。

 激突で揺れた書棚が零した本、それがシャーロットの頭上から降り注ぐ。埃が舞い、ものの十秒で本の山が出来上がった。

「あぁぁぁぁもう! こんな埃っぽくて温かくないシャワーは御免よ!」

本の山から這い出た黒手袋が怒号と共に本を投げ飛ばし、シャーロットがその中から姿を現す。メアリも一応似たような目に遭ってはいるのだが、シャーロットには知る由もない。

「……私の図書室で、何をしているの?」

唐突に声をかけられ、シャーロットの肩が跳ねた。振り返ると、本棚が作った暗がりに誰かが居る。混乱するシャーロットだったが、すぐに心当たりを思い浮かべた。というより、図書室に住んでいる少女は一人しかいない。

「少なくとも、私にとってもあなたにとっても愉快な事ではないわね、モック」

モックと呼ばれた少女は、明るみに姿を現す。髪は暗い緑色、手にはカメのぬいぐるみ。モックは投げ飛ばされてしまった哀れな本を拾うと、愛おしそうに撫で、投げ飛ばした張本人をジロリと睨みつけた。

「……この子たちに酷いことしないで」

「本に襲われている少女に、正当防衛の権利くらい認めてくれてもいいんじゃない?」

 モックは返事を無視して、棚に本を戻し始める。シャーロットも手伝おうと考え本を手に取ると、

「……貴女は触らないで」

 モックが、怒りを滲ませた声でそれを制止した。はいはい、とシャーロットが本を山の一角に置き、モックが戻し終えるのを待つ。下から順に戻していくモックだが、真ん中の段を超えた辺りからつま先立ちを始め、やがて彼女の身長では届かなくなった。

「やっぱり私、手伝うわよ?」

 意地を張ってその申し入れを無視したモックだったが、限界まで爪先立ちをし、指の先だけで本を支えていたのが仇となり、指から抜けた本が、真下にある彼女の顔を直撃した。

「……出したのは貴女なんだし、戻すのは当然よね」

 それでもまだ素直に助力を請わないモックに、心中でため息を漏らしながら、シャーロットは本を戻し始めた。全てを戻し終えると、モックはシャーロットに探るような視線を送る。

「……ここで何をしているの?」

「私の口は今カチカチなのよ、温かい紅茶でもあったら、ほぐれてよく喋れるんだけど」

 それを聞いたモックは、しずしずと歩き出す。行き先を告げないので、シャーロットは着いて行くのを止めようかと意地悪な事を考えたが、

「……この図書室の正しい道のりを知っているのは、私だけ。迷うと出るのが大変よ」

途端に周囲の本棚が自分を閉じ込め、迷わせようとする恐ろしい迷路に思え始め、シャーロットも急いでその後ろに付いて歩き出す。モックは一つの扉の前で立ち止まると、

「モック・アリマニア・ターデロコ・タイレブテーヴァ・アリティピレ・スネディーチュステ・ラディトプイラク・エダニロチェ」

 そう、小声で呟いた。シャーロットには意味が分からなかったが、何かの魔法だろうとだけ見当をつけて考えるのを止めた。呪文が終わると、扉が音も無く開く。部屋の中には、大量の本と、それに埋もれたテーブルとイスが二脚。

「……私の私室」

「てっきりここも書架の一部かと思ったわよ……」

 読みかけの本が山積したテーブルから本を退け、二人は座る。モックが指を振って何事か呟くと、ティーポットとお菓子入りのバスケットがテーブルまで飛んできた。

「……ここには何を?」

「チシャの悪戯で、長い長い滑り台をする羽目になったの。私はああいうの嫌いなのに……」

シャーロットは湧き出て尽きる事無い不満を、紅茶で飲み下して堪える。頷きながら、モックも少しだけ紅茶を飲んだ。

「……楽しそうだったけどね」

 叫び声が聞かれていたのに気付き、少し顔を赤くしたシャーロットが「まさか!」と断固否定する。

「……好きな物と嫌いな物の区別って難しいのよ」

「そう? 女なら簡単よ、子どもとしたいのが前者で、何かを兼ねないとやっていられないのが後者でしょ」

 シャーロットは出されたギモーヴに、チシャのニヤニヤ顔を投影してから小さなフォークを突き立てた。

「勉強家のモック、女王様の居場所を知らない?」

「……女王様に会いに行くの? なぜ?」

 モックの瞳に興味津々な輝きが灯り、少し興奮しているのかぬいぐるみを強く抱きしめた。シャーロットは珍しいモックの様子に少々面食らいながら、

「『世界はつまらないかどうか』を聞きに行こうかと思って。メアリが聞きに行こうってうるさいから」

「……ふーん」

 言葉の上では興味がなさそうなモックだが、紅茶をかき回すティスプーンの動きが忙しない。

「モックはどっちだと思う?」

そう問われたモックは、手にしていたクッキーを齧った。先ほどまでは食べ終えるまでに一日かかってしまいそうなペースだったのに、今は半日で済みそうな程度には速くなっている。その辺りから、思索しているのが見て取れた。シャーロットは少しため息を漏らし、結論が出るまでの間お菓子を食べて待つことにした。

「メアリより、わかりやすいかもしれないわね……」

 

 

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