「おまたせ」
悪びれた風もなく、サノが向かいの席に座る。七年前と変わらぬ、セミロングの黒髪と薄く小さな眼鏡。
「どうした、いきなり」
呼び出された理由を訊くと、意外そうな顔で、なぜ遅れたのかは訊かないの、と云ってきた。こいつに振り回されるのには慣れている。そう、もっと前からだ。
「いや、時間には来ていたんだよ。喫茶店」
「じゃあ、なんで、三時間も」
俺が窓際のこの席にいることくらい、サノは知っていたはずだ。
「最初は気付かなかったんだけどね。君がここにいるのを見つけて、どれくらい待っていてくれるのかなと思って」
悪戯を通り越してもはや悪趣味だった。だが自分もまた、店内にいるサノを探さずにここで一人呆けていたのだ。その事実に気がついて、俺は少し居心地が悪くなった。
「で、何なんだ」
誤魔化すように、すっかり冷めてしまったコーヒー飲む。
「まあ、大した用じゃないんだけど。見てほしいものがあって」
サノはショルダーバッグから、透明なビニールに入れられた白っぽいものを取り出した。テーブルの上に無造作に置かれたそれは、何かの動物の骨のように思えた。
「何、これ」
間違いなく気分の良いものでないことは分かっていた。サノは、〈イヴ〉というインターネット上のコミュニティに所属していた。詳しくは知らない。サノによれば、日本各地の不可思議な出来事や怪奇現象を検証したりするそうだ。早い話がオカルトサイトだった。再三、俺はサノに、そんなものに関わるのは止めておけと云って聞かせたが、まったく効果はなかった。目の前にある得体のしれない白い物体は、要するにそういうことである。
「これはね」
愉快そうに、サノが口を開く。
「骨」
そんなことはわかっていた。俺が知りたかったのはそういうことではないし、ましてサノがどこでこんなものを入手したのか、何の骨なのか、とかそういうことでもなかった。俺に利害があるのか、ただ一点である。その答えもまた、明らかだった。
「預かっておいてもらいたいんだけど」
「いやだ」
「そこをなんとか」
俺がすぐに断わることを見越してなお、押せば了承してくれると思ったらしい。断わり続けていると、彼女の方は黙りこくってしまった。




続く→