どうしていいのか分からず、俺も黙ったままビニールに包まれた骨に目を落とす。映るのは、生々しい、見たこともない白色。ところどころ汚れていて、おそらくどこかの骨の一部なのだろう、いびつな形とぎざぎざの断面が見えた。こんなものが自分の中心となっているのかと思うと、どこか不安定な気分に陥る。窓の外に目を向ける。変わらない風景。真夏の昼間であるにもかかわらず、人気の絶えることはなかった。土日であるせいか、家族連れが多い。窓にサノが映った。
「変わらないね、この街は」
「そうか」
「ああ。小学校のあたりも、変わらないのかな」
「そのまんまだ。たぶん」
感慨深そうに、また考え込むようにして、唇に手を当てながらサノは俺に問う。まじめに話をするときに軽く指を口に触れさせるのが、小学校からの彼女の癖だった。
「中学は」
俺は、サノに目線を移す。
「中学では、私は陸上部だった。部長もやったよ、最後は」
何を言い出すのかと思えば、他愛もないことだった。口をはさまずサノに話させる。
「三年生の時かな。一つ下の学年で、いじめられていた子がいたんだ。興味があったんで部に引き入れてみた。彼女の中で、何かの歯車が合致したんだろうね。明るくなった。彼女は面白いように変わったよ。最後は地方大会にも出た。彼女は私に感謝しているようだったし、私も彼女を救えて満足だった。本当に、彼女は変わった。性格もそうだったし、環境もね。でもね、そのことに対して、私には違和感があった。確かにそのとき、何も悪いことなんてなかった。ただ、どうしようもない違和感、飲み込めない何かが付きまとってはなれなかった。人は、こんなにも簡単に変わるものかと。こんなにも劇的に変化できるものかと。正直、怖くなったんだ。彼女を見ているとね、なにか得体の知れない生き物みたいだった。同時に私もまた、こんな風に変わってしまう時が来るのだろうか、それとも既に今変わっていってしまっているのか、もう変わってしまったのか。そんな風に思うようになった。怖かったんだよ。自分が変わることが」
「陸上は、何の競技をしていたんだ?」
「え……ああ、高跳びだよ」
「そうか」
俺はサノをじっと眺める。変わったといえば変わったし、全く違う人間になっていることもない。サノは人間のそういった変化を、成長とは捉えていないのだろうか。
「この骨は小学生の時に手に入れて、変わらず残っている。ずっとこのままだ」
俺は黙って聞いている。
「うつろわないのは、良いものだよ。この街も、この骨も」
変化することへの畏怖。何が彼女をそのように駆り立てているのかは、分からない。ただ、彼女と俺とでは、見えている物が決定的に違うのだろう。
「だからこれを、君に持っていてほしい」
なぜ結論がそうなるのか、俺にはさっぱりわからなかった。実際、俺としてはどちらでもよかった。受け取ってしまえば、もう後に戻れないのも、何となくわかった。サノが、俺にビニール袋を差し出す。
「この後、〈イヴ〉の活動があってね」
す、と受け取ろうとした俺の手が止まった。
「駅に行ってみようと思うんだ」
「サノ」
「知ってる? 電車の下にはね、大きな芋虫がいるんだ。とても気持ち悪い様相をしているんだけど、力持ちでね。電車が動いているのは、そいつらのおかげなんだ。君も」
「止めとけ、サノ」
サノは楽しそうだった。見たこともない、笑顔だった。彼女は、じゃあね、と云って席を立つ。
「ちょっと、おい」
俺は立ち上がって、サノの正面に回った。そのまま、目を覚まさせてやろうと彼女の頬をはたこうとした。だが俺の掌は、当たる直前にサノによって左手で軽く止められ、逆に殴り返された。ゴッ、という鈍い音がして、俺は一瞬視界が暗くなる。グーだった。
重い、鉛でできているのではないかというくらい、重い拳だった。痛みよりも、その衝撃に対する驚きで、俺は動けなくなる。
「じゃあね」
再び俺にそう告げると、彼女は行ってしまった。机の上で、骨が無造作に転がっている。
翌日の新聞で俺は、サノが轢断死体で発見されたことを知った。






続く→