じゃあサノちゃんだね、と君はわたしに云った。名前をうまく聞き取れなかったらしい。わたしは別に構わなかったので、少し笑って、君の名前を訊ねた。小学校の頃、帰りが一緒になって、初めて話した、夏の終わり。帰りはいつも、彼と一緒だった。
学校と家の間から、山の方へ少し外れたところにある廃駅に、わたし達はいた。よくここへ寄り道をしていた。劣化し錆びたフェンスをくぐって木造の改札を抜けると、片側だけのホームに出る。周囲は身の丈ほどもある草本に覆われていた。
わたしはいつも、雨ざらしの軒下にあるツバメの巣を眺めたり、一帯にすみついている野良猫と遊んだりしていた。君は、つまらなそうにわたしのしていることを見ていた。
その日、君は先に帰ってしまった。遅くなるのが嫌だったらしい。親に注意されたのかもしれない。
「ねえ、電車ってさ、なんであんなに速く動かせるんだろうね。鉄の塊なんだよ?」
わたしは訊いた。
「電気で動いているんでしょ。電車なんだから」
それはわたしも理解していたが、どうにもイメージできなかった。
「案外、電車の下に何か変な生き物が住んでて、そいつが動かしているのかもね」
そう云って君は帰った。素敵な話だった。空が僅かにあかいことに気づいた、夜が近い。もう少しここにいようかな、とわたしは思った。すり寄ってきた一匹の猫を抱く。軋むベンチの上。目をつぶって、君の云ったことを思い返していると、いつの間にか、わたしは眠ってしまっていた。
大きな音で目を覚ます。ゆっくりと、電車が停止しようとしていた。膝の上の猫がいない。まだ夕方だった。日差しで、電車のボディが赤く染まっている。立ち上がって、わたしは、電車の進行方向へと歩く。先頭車両のところまで行くと、ホームを飛び下りて、電車の下を覗き込んだ。
見たこともない生き物がいた。
薄茶色の頭が電車とレールの間から少し出ていて、うつむき加減でこちらを向いている。両目は正面に付いているが、瞳はなく真っ白で、瞼もない。顔面から半分飛び出していて、野球ボールをそのまま嵌め込んだかのようだった。十字に裂けた口からは不快な臭いを撒き散らし、たまに聞こえる音は鳴き声のつもりだろうか、金属音にも似た耳障りなものだった。足は体の側面から突き出して、そのまま折れ曲がるように体の真下へと伸びていた。これほど不格好なものは見たことがない。足を生やすその何節にも分かれた体は頭に比べて酷く扁平で、車体の下にすっぽり収まっている。丁度手足も外側にある車輪に隠れ、横から見ただけでは分からないようになっていた。体の色も下に敷き詰められている礫に同化し、両目とその外側に付いている緑色の触角のようなもの以外は、上手くカモフラージュされている。
それは、どんな生き物にも形容できないほどきもちのわるいものだった。芋虫というよりは百足のいでたちに似てはいるが、どちらにせよ、そういったものなどより遥かに害悪であるように思われた。奇怪な生き物は、ずっとこちらを眺めている。その間わたしは、そいつの獲物になったような、まるで何か矮小で脆弱なものに成り下がったように錯覚した。
何よりもまず、感動があった。世界の、隠された秘密を見つけたかのようだった。手を伸ばす。腕を食いちぎられた。その非常識な生き物が、そこにいる証拠だった。血が流れる。視界がかすむ。





続く→