夜汽車浪漫
三ツ島 有
たたん たたん
たたん たたん
心地よい振動に身を任せながらこのままどこにでも行ける気がしていた。まだ若い二人を乗せて、夜汽車が静かに進んで行った。
*     *     *
それは運命的な出会いだった。書店の片隅で声をかけられた葉月はそう確信した。
「お嬢さん、髪飾りを落としましたよ」
振り返った先にいたのは詰襟の制服を着て学生帽をかぶった青年だった。背が高く短く切った黒髪が帽子から覗き、一重の澄んだ瞳をしていた。その瞳はこちらをじっと見て片手を差し出している。
「あら、嫌だ。ご親切にどうも」
葉月は頬を赤らめて答える。青年が持っていたのは葉月が髪に結っていた牡丹の花の髪飾りだった。格子模様の着物の袖を手繰って頭の後ろに手を遣り、肩にかかるほどの黒髪の一部を一つに結っていたはずのそれがないことを確かめる。女学校に通う葉月にとって男の人と話すというのはとても緊張することだった。だから今こうしてこちらを真直ぐ見つめてくる視線に合うことなど以ての外であった。
「失礼致しました」
数歩青年に近づき急いで髪飾りを受け取る。もう相手に聞こえてしまうのではないかと思われるほどに高鳴っている自分の心の鼓動に慌てた葉月は早足にその場を去ろうと青年に背を向けた。
「御機嫌よう」
背後から再び青年の声が聞こえた。いつの間にか耳まで真っ赤になった葉月は駆けるようにして迎えの馬車の待つ通りまでの道を急いだ。


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