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「では慶介さんは私より一歳年上なのですね」
青年の誘いで近くの馬車通りを歩く二人は互いのことについて語った。慶介という名を知った葉月は良い名だと思った。
「はい。来年からは学業を終えて働きに出るつもりです」
石畳の上をゆっくりと歩きながら慶介が言った。
「働きに?」
あと二年の女学校での勉学が終わればすぐ婚約することが決められている葉月にとって働くという言葉は馴染みのないものだった。
「ええ。私は貧乏な家の長男ですから」
慶介はそう言って恥ずかしそうに苦笑いした。しかしこの凛々しい青年の風貌を見ている葉月には慶介がそのような貧しい家の出だとは到底思えなかった。

「葉月、最近お前は私との約束を破っているそうだな」
ある日父の書斎に呼ばれた葉月は、父の険しい顔を見ることとなった。慶介と会うようになってから、学校が終わってからの長い時間を外で過ごすようになっていたのだ。世話係の老人はなんとか葉月を止めようとしたが級友達に協力してもらったり、家の者に捕まらないよう上手く学校を抜け出していたのだ。
「お父様、私は外の世界が知りたいのです」
懇願するように、葉月は父を見つめた。
「お前は花堂の名に恥じぬ妻となれば良いのだ。外を知る前にうちを知りなさい」
父はこちらの目も見ずにそう言って話を終わらせてしまった。
「ねえ慶介さん、酷いと思いません?」
家の監視が厳しくなって周囲を歩く人々を注意深く見ながら葉月は尚も慶介と会っていた。
「私は人生というものをもっと楽しみたいのです」
父の言葉への反論を語る葉月。慶介は黙って前を向いたまま何も言わない。
「慶介さんと出会ってから芝居や出店、たくさんの物事を見て体験しました」
石畳に沿って立つガス灯を通り過ぎる二人。慶介はまだ黙ったまま。
「私にはまだこれからも見たり聞いたりしたいことがたくさんあるのです……」
慶介があまりに何も言わないので葉月は頭を垂れて尻すぼみに話を終わらせた。
「貴女と私では環境が違いすぎるからよくわかない。しかい葉月さんのお父様の言うことは一理あるとは思いますよ」
しばしの間無言だったが、慶介はそう言って話した。葉月の目をしっかり見る。
「そうでしょうか……?」
自分の意見に同意してくれるものとばかり思っていた葉月は少しがっかりして答えた。



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