クラスでもあまり目立たない扇睦美から手紙で呼び出された放課後。胸を高鳴らせた僕に浴びせられたのはいかに僕が平均的で平凡かというある種いじめに近い感想だった。

 しかも、その締めくくりがこうだ。
「貴方の平均的な生き方に感動しました。私の平均的な人生のために、付き合ってはいただけませんか?」
 五時のチャイムと同時に、彼女はそう言った。
 告白だと思って来てみれば罵声に近いものを浴びせられ、ショックで固まろうとしていたときに当初の期待通りの言葉を頂いた。
 夕焼けで橙に灯る、二人しかいない教室。自分の鼓動と息遣い、そして扇の甘さを含む雰囲気で満たされた僕が獲得できたのは、混乱だけだった。
「ちょ、ちょっと待って。え〜と、扇」
「睦美でいいです、私も拓也さんとお呼びしたいので」
「あ〜、まぁ。うん。で、お前は今俺に告白をしたってことでいいんだよな?」
 扇は首をかしげた。心底不思議そうに。
「それ以外に聞こえたのでしょうか?」
 主に貶されているように聞こえた。
「で、その理由が」
「一般的に私の年齢には男性とのお付き合いが一度はあると雑誌で読んだもので。己は平均たれと座右の銘を有する私が、恋人をつくらいないでどうしましょう?」
「それで、とりあえず僕?」
「はい、付き合うならば拓也さんしかいないと考えていたので」
 不覚にも、その言葉にはドキリとした。しかし、
「貴方ほど、私の平均たる理想を体現した、あまりにも平凡でどこにでもいそうな人はいませんでしたから!」
「……ああ、泣いていいよな。うん、俺は泣いていい」
 告白の理由が、難ありだった。普通に馬鹿にされているとしか考えられない。
 改めて、扇睦美の姿を確認する。体格は同年代女子の中では小柄であるが、気になるほどではない。頭髪が黒なのは学校規則であるからいいとして、短さも誰かに女の子の絵を描かせたらそれぐらいになりそうな適度な長さ。ボブより長くて、ロングよりは短い。顔のパーツは比較的整っているが、どこか日本的で地味さが先立つ。メガネをかけているからかその地味さに拍車がかかっている。しかし間近で見るとメガネの奥の瞳が全体のパーツに不釣合いなほど大きく、とても印象的だった。
 そして、その真剣な目を見ればわかる。扇が今まで口にしていたことは真実で、告白も本気なのだろう。なおさらへこみそうだ。
「なぁ、扇」
「睦美です」
「いや、それは置いといて。普通さ、告白ってのは好きになった相手にするもんだろ。それが、お前の好きな普通じゃないのか?」
「私が目指しているのは、普通ではなく平均です。全体から見た真ん中、可もなく不可もない値が私の目指す指針です」
 僕は、ここでやっと確信した。扇睦美、こいつは変人だ。
 でも、同時に思ったのだ。
 彼女は、僕の目指す所にいる人間だと。
 僕は答えた。
「うん、わかった。じゃあ、君のその平均人生のために付き合おう」 
 昔から、僕は普通で平凡だった。
 親は公務員と専業主婦、そこそこの家に育ちそこそこの学力。スポーツもそれなりでこれといって打ち込めるようなこともない。授業は受けたり聞き流したり、イベントごとには少しだけやる気になったり面倒くさくなってさぼったり。よく遊ぶ友人もクラスの中心から少しだけ離れた半端な面子。狙ったわけでもないのに、僕はどこまでいっても平均的で平凡な人間だった。名前だってそうだ。拓也の名前は、探せば同学年に五人はいる。本来唯一であるそれですら、僕は最も多くに含まれるグループの中にいた。これで苗字が佐藤や田中だったらこの世のあまりの理不尽さに引きこもってしまっていただろう。
 そんな僕が特別に憧れるのは当然の帰結だったのかもしれない。
 普通ではないものに惹かれた。異常である、おかしいと言われるものにほど僕の目は向けられた。
 僕は、そうなりたかったのだ。
 例え後ろ指を刺されようとも、いじめや差別に合おうともつらい現実を背負おうとも。僕は、特別でありたかった。
 しかし僕にはそれができないことを、中学三年生になってやっと自覚した。
 僕は、自分で特別にはなれない。


続く→