[別れようか、僕ら」

 拓也さんは、そう口にしました。白い息が、私の視界に移る拓也さんを霞に隠します。少し先を行く彼は、振り返ることはありませんでした。私は、答えました。

「あと一ヶ月まってくださいませんか? つき合って三ヶ月で破局する可能性は二十%と少しだそうです。平均とまでは行きませんが、それならばぎりぎり私の平均人生の許容範囲ですので」
 彼はわかったと頷きました。つき合い始めたときと同じように、私たちは平均から始まって平均で終わることが約束されたのです。
 まるで今までの会話すらただ私の平均人生を埋めるためのものであったかのようで、そしてそれはその通りで。
 私の容量の決して多くない心は、無意味さでいっぱいいっぱいになったのです。
 別れを告げられてからも、それほど変わったことはありませんでした。元々学校内ではつき合っていることを内緒にしていたわけですから、学校での行動に特記すべき変化はありません。ただ、久々に一人で帰宅路を歩くのは、まるであの時に戻ったようで少しだけ心が痛みました。
 終わりは簡単です。あの日から一ヵ月後、一二月一八日に私が恋愛関係の解消を承諾すればそれで終わりです。あっけないものだと、私ですら思いました。
 しかし、学べたことは数多くありました。やはり、拓也さんは平凡でした。物語に出てくれば、下手をすれば会話文すらなさそうな完全なモブ体質。だからこそ特別に憧れるところすら、きっとあのような方々にとっては一般的なのでしょう。それが、不良や奇行という形をとり、歳をとってから後悔して笑い話の種になるのでしょう。
 なんという平和な、私の憧れた世界なのでしょう。拓也さんといて、その泣いてしまえるような凪の光景にさらに引かれてしまいました。
「ああ、そうでした。あと少しで、拓也さんとは呼べなくなるのですね」
 それは、一人で夕方の中を歩くより、胸をきりきりと万力のように締め付けました。
 私は、きっと拓也さんとはともに歩けないのでしょう。私が隣にいるだけで、彼のような存在は私を嫉妬し、勝手に劣等感を抱かれてしまうのですから。
 夕日が沈もうとしています。今まで頭だけ同じ高さにあった長い長い二つの影は、今は一人ぽつんとあるだけでした。
 私は知ってしまいました。
 私は決して、平均にはなれないのです。

続く→