一二月一八日。
 布団の誘惑は母の怒鳴り声によってたたれ、寒さを我慢しつつ着替えて朝食をとっていた時だ。

 いつも何気なくつけている朝ノニュース番組で、こんな特集が組まれていた。
「若者の自殺率の上昇。教育現場の今」
 いつもなら、聞き流すはず暗い話題。しかし、コメンテーターのこの一言で、僕の注意は食事からこのコメンテーターへシフトすることになった。
「このグラフを見てください。学生の中で、死にたいと思ったことのあるのが六十%を越えています。つまり、平均的に一度は死にたいと思ったことがあるということです」
 扇とつき合っていたからか、平均という言葉に過敏になっていたのかもしれない。
「さらに、このデータ。一度は自殺を試みたことのある学生は二十%を越えています。考えたことがある、が三十%を越えている以上、これは一般的な学生が一度は自殺という問題を抱えたことがあるということで」
 コメンテーターは、ボード描かれたグラフを指しながら雄弁に語る。いつもなら嘘くさい、どうやってデータとっているんだと脳の片隅で考えているはずなのに、今の僕が抱えているのは漠然とした不安と無責任な発言を繰り返すコメンテーターへの憤りだった。
 根拠は、簡単だ。
 もし彼女がこの番組を見ていたならば、その平均人生のために自殺を選択するのではないかと。
 頭の中で、言葉にしたら居ても立っても居られなかった。朝食もそこそこに、いつもより二十分は早い時間に僕は家を出た。
 馬鹿馬鹿しいと思う。扇はしっかりとしたデータを元に行動する性質だ。あの程度のくだらない朝のニュース番組に感化されるとは考えにくい。何より、一番高かったパーセンテージは自殺を考えたことがあるという選択肢だ。彼女の平均人生ならば、自殺を考えることに留まると判断することが適切だ。
 なのになぜ僕は、学校に続く坂を駆け上がっているのだろうか。何を、そこまで不安がっているのだろうか。
 教室にたどり着いて、あたりを見回した。いつもより早い時間だからか、生徒は疎らだ。授業開始まで三十分以上あるのだから、当然といえば当然だ。
 扇の姿はなかった。近くの女子に尋ねる。
「なぁ、扇は来てるか?」
「扇さん? いや、まだじゃないかな。彼女、いつもみんなが来るような時間に来るし。十五分前ぐらいにくるんじゃない?」
 言われて気づいた。そうだ、彼女が平均人生を押し徹すというのなら、学校に来る時間もクラスの平均。どうやら、焦っていたらしい。ここに来て、僕は冷静さを取り戻す。そうだ、何を意識することがある。どうせ、僕と彼女の関係は今日で終わりだ。気にすることはない。彼女は、僕に植え付けたではないか。所詮平凡な存在は特別にはなれないと。
 気にすることはない。
 そうだ、気にすることはないんだ。
 席に座って、授業を待つ。二十分後、扇が少し息を弾ませて教室に入ってきたがもう僕にはどうでもいいことだった。

続く→