ダレカ

山槻 智晴


 

 男が目を覚ますと、リビングの天井が目に入ってきた。住み慣れた我が家の見慣れた景色。

 しかしその体は、意識は、不自然さを感じる。普段とは何かが違うということを告げている。

 寝起きのぼやけた視界で漫然と上を見つめたまま、男はぼんやりと考えを巡らせる。

 今日は一月五日。正月休みも今日で終わり。明日の為に、今日はゆっくり休もう。暖かい布団の中でゆっくりと休める、最後の休日だ。……いや、暖かい? 気が付けば、体は何故か冷え切っている。布団はかかっていない。そして、自分は寝室で寝ていたはずだ。それなのに、なぜ今リビングで寝ている? それに体中にある圧迫感。何かが、何かがおかしい。

そんなことを考えながら起きようとする男だったが、うまく体を動かすことができない。

「な、なんだ?」

男は焦った。体の状態を確かめようにも首が回らない。それでも、何とかして周りの様子を確かめた。視界の端に半透明の何かがちらつく。プラスティック製の衣装ケースのようなものか?

今度は、体の状態を確かめるために、少しずつ力を入れたり、動かしたりしてみる。感覚自体は、ある。体の部位が欠損している訳ではないことが分かった。

多分、大きめの衣装ケースのようなものに、手足を曲げて拘束され、無理やりに押し込められているのだろう、男はそう判断した。

「く、くそ、どうなってんだ」

「あら、知治さん。起きたのね」

突然の声に、一瞬男の身が強張る。だが、その声の主が自分の妻だと分かると、気が抜けたのか深くため息をついた。

「おい、何のつもりだ。どういうことなんだこれは?」

「ねぇ、知治さん。私昨日、物置がそろそろ狭くなってきちゃったって言ってたでしょ?」

 話が噛み合わない。というよりも話をする気すらないのだろう。男は苛立ちを覚えた。

「おい、聞いてるのか? なんでこんなことになってる! やったのはお前なのか!」

「本当は物置でやりたかったのよ。カーペット、汚したくないから。でも広い所はもうリビングぐらいしかないから……ここでやるよ?」

女は、近くに置いてあった、大きな黒いビニール袋を乱暴に引き裂いた。中からは、白く輝く細かい粒が流れ出てきた。

上を向いたまま身動きがとれない男には、妻が何をしているのかは見えていない。ざぁぁ、という音が聞こえただけだ。

「何をしているんだ? おかしなことは止めろ、早く俺をここから出せ」

声を荒げ精一杯体を動かす男だったが、衣装ケースの位置が少しずれただけだった。女は夫の行動を一向に意に介さずじゃりじゃりと音を立てて何かをしている。

男は、態度を変え下手にでて、できる限り優しく問い質すことにした。

「頼む、教えてくれないか。一体何をやっているんだ? それと、どうして俺をこんな状態にしたんだ?」

じゃりじゃりという音が止む。そして男の視界を黒い影が遮る。妻が作業を中断して、男の顔を覗いているのだった。

男の目に妻の顔は、普段よりもどこかくたびれて映った。

こいつはこんなに疲れたような顔をしていただろうか? 少し前に見たときはもっと綺麗な顔をしていたと思うが……。そういえば、最近こいつの顔をちゃんと見ていなかった気もしてきた。まあ結婚して三年、出会って六年も経っていれば老いても見えるか。

「何? 私の顔に何か付いてる?」

「いや、何も。……そんなことより、何をしていたんだ?」

しばらく見つめ合った二人だったが、女は表情を変えずに、また自分の作業へ戻っていった。

「お、おい、お前……」

「雑誌で塩漬け肉の特集やっててさ、いいなぁと思ってたんだ」

じゃりじゃりという音は塩だったのか。それにしても、どこか普段の妻とは違った乱暴な感じがする音だ。少しも丁寧さが感じられない。こいつにしては珍しい気もする。辺りに飛び散っていても不思議ではない。


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